ヒューマン・ドラマ/恋愛

雨の中の慾情のあらすじをネタバレ解説|結末・見どころと評価

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こんにちは。訪問いただきありがとうございます。物語の知恵袋、運営者の「ふくろう」です。

この記事では、雨の中の慾情のあらすじを知りたいあなたに向けて、ネタバレなしパートとネタバレありパートを分けて、できるだけ迷子にならないように整理していきます。

雨の中の慾情 あらすじ ネタバレで調べていると、ラストや結末、ラストシーンの意味、どこまでが夢なのか、キャストや登場人物、実話なのか、原作はつげ義春なのか、評価や感想、レビュー、考察や伏線回収など、気になるポイントが一気に出てきますよね。

この作品、ざっくり言うと「わからなさ」そのものが体験になるタイプです。なので先に“見取り図”を作っておくと、観たあともスッと腑に落ちやすくなるかなと思います。

この記事でわかること

  • 雨の中の慾情の基本情報と、観る前に押さえたい注意点
  • ネタバレなしでわかる、作品の空気感と見どころ
  • ネタバレ込みで整理する、起承転結と結末の余韻
  • 賛否が割れる理由と、刺さる人に刺さるポイント

【ネタバレなし】雨の中の慾情のあらすじ・見どころ・キャスト解説

まずはネタバレなしで、作品の基本情報・登場人物・雰囲気(どんな“味”の映画か)をまとめます。ここだけ読んでも「自分に合いそうか」が判断できるように書きますね。

基本情報|雨の中の慾情とは

タイトル雨の中の慾情
原作つげ義春「雨の中の慾情」(短編漫画)
公開年2024年
制作国日本・台湾
上映時間132分
ジャンルラブストーリー/幻想ドラマ(夢と現実が交錯するタイプ)
監督片山慎三
主演成田凌

R15+というと身構えるかもしれませんが、本作の場合は“刺激のため”というより、欲望や暴力の影を物語の芯に置いているからこその強度、という感じがします。

片山慎三監督の“きれいごとにしない”視線

監督・脚本は片山慎三。これまで『岬の兄妹』『さがす』『ガンニバル』など人の欲や痛み、社会のタブーを、目をそらさず描くタイプの監督で、本作も前半は「ちょっと変わったラブストーリーかな?」と思わせておいて、中盤から空気がガラッと変わる。その変化に乗れるかどうかで、好き嫌いが分かれやすいですね。

原作との関係:つげ義春の短編から“映画として再構築”

原作は、つげ義春の短編漫画「雨の中の慾情」(1981年発表)。筋を追うというより、空想やイメージが立ち上がる実験的な作品です。
映画版は、その夢っぽい手触りを核にしつつ、長編として成立するよう大胆に膨らませています。複数のつげ作品要素が混ざっている、という見方もあり、「原作どおりの映像化」ではなく、気配を出発点に別物へ育てた印象が近いです。

作品の雰囲気:昭和レトロ×異国情緒、恋愛の顔をした迷宮

雰囲気をひと言で言うなら、恋愛映画の顔をした“感覚の迷宮”。
ほぼ台湾ロケのレトロな街並みで、日本語の芝居が進むから、ずっと地に足がつかない不思議さが漂います。昭和っぽいのに異国、現実っぽいのに夢っぽい。そのズレが、気持ちよさにも不安にも変わっていきます。

本作は日本・台湾合作で132分、R15+。片山慎三が、つげ義春の短編(1981年発表)を土台に映画として再構築した一本です。第37回東京国際映画祭コンペ出品作でもあり、分かりやすさより“揺さぶり”を楽しむ作品と言えます。

キャスト&登場人物と相関関係を整理

キャスト&登場人物と相関関係を整理
イメージ:当サイト作成

この映画、登場人物の数は多くありません。なのに関係性の温度がどんどん変わっていく。ここが面白いところです。
基本は義男・福子・伊守の三角形に、尾弥次が絡んで空気がねじれていきます。出来事を追うより、「誰が誰をどう見ているか(視線、嫉妬、欲望)」に注目すると飲み込みやすいですよ。

義男(成田凌):感情が煮詰まっていく主人公

義男は貧しい町でくすぶりながら漫画家を目指す男。ガンガン前に出るというより、状況に巻き込まれて内側が濃くなっていくタイプです。
観客は義男の目線に引っ張られやすく、彼の“ムズムズ”や“息苦しさ”が、そのまま作品の空気になります。

福子(中村映里子):掴めないのに目が離せない重心

福子は、色気と危うさが同居する存在感の塊です。近づいたと思ったら、ふっとすり抜ける。だから義男の感情が乱れます。
恋愛の相手役に収まらず、欲望や喪失、夢の匂いまで背負っているように見えて、「福子って結局何者?」が観客側の問いになりやすい人物です。

伊守(森田剛):胡散臭いのに魅力的な“混ぜる役”

伊守は自称・小説家志望。口がうまくて信用できないのに、妙に惹きつけるタイプです。
彼がいることで共同生活はただの同居じゃなくなり、義男と福子の間に“濁り”が増えていきます。空気を歪ませる装置として、かなり効いてます。

尾弥次(竹中直人):飄々としたトリックスター

尾弥次は大家として登場し、飄々としているのに不穏さもある人物。善悪で割り切れず、場面によってコミカルにも怖くも見えます。
義男たちの関係に介入して、テンポと温度を一段上げる役回りですね。

夢子ほか:現実を“夢の文法”に寄せる人たち

夢子をはじめ、ふいに現れては消える人物たちが、物語に夢の匂いを足していきます。説明役というより、現実のはずの場面を揺らがせる装置。観客の足元をふわっとさせる存在です。
ほかにも須山、靴屋、若い兵士、福子の周囲の人物などが登場し、生活感や不穏さを足していきます。台湾の俳優陣も含めて、“ここがどこなのか分からない感覚”を底支えしているのが、この映画らしさです。

義男・福子・伊守の三角形に、尾弥次が絡んで空気がねじれる。さらに夢子たちが現実を揺らす。
このキャスト構成を押さえておくと、物語の“ズレ”がただの混乱じゃなく、狙って作られた感覚だと気づきやすくなります。

あらすじ①【ネタバレなし】|奇妙な共同生活の始まり

ここから物語は、義男・伊守・福子の“噛み合わない距離感”を軸に転がっていきます。まずは前半の土台になる出来事を、流れがつかめるように整理しますね。

義男が引っ越し手伝いに駆り出され、福子と出会う

貧しい北町に暮らす売れない漫画家の義男(成田凌)は、胡散臭い副業にも手を出すアパートの大家・尾弥次(竹中直人)から、引っ越しの手伝いを頼まれます。義男と一緒に駆り出されたのは、自称小説家の伊守(森田剛)。

二人が引っ越し先で出会うのが、離婚したばかりの年上の美女・福子(中村映里子)です。妖艶な魅力をまとった福子に、義男は一目で心を奪われる。ただ、福子にはすでに恋人がいる気配があり、最初から空気が少しだけひっかかります。

北町PR誌計画が動き出し、三人の関係が絡まり始める

伊守は、自分の小説を載せる目的で、南町の裕福な地域で流行っているPR誌(お店の情報を載せたフリーペーパー)を真似た「北町PR誌」を作ろうとします。義男も広告集めを手伝うことになり、生活の匂いがあるようで、どこか胡散臭い計画が走り出します。

この時点で、義男は福子に惹かれつつも距離を測りかねている。伊守は口だけは大きい。尾弥次は世話焼きのようで裏が読めない。三人(+福子)の関係が、じわじわほどけていく感じが面白いところです。

騒動が起き、福子と伊守が義男の部屋へ転がり込む

ところが矢先に騒動が起こります。伊守の広告費を持ち逃げされ事業を失敗したり、借金トラブルが重なり、福子と伊守は行き場を失って、義男の狭い部屋に転がり込むことに。

こうして、貧乏な漫画家と放浪癖のある物書き、訳ありの女性という、ちぐはぐな三人の共同生活が始まります。ここが前半の“入口”で、後に夢と現実が揺らぐ展開の土台にもなっていきます。

義男は福子に惹かれ、伊守は企みを広げ、尾弥次が裏から糸を引く。そこに借金騒動が重なって、三人は同じ屋根の下へ。恋愛の匂いと生活の厄介さが一気に同居し始めるのが、この序盤の要点です。

作品テーマ|欲望・夢・戦争の影が絡み合う

作品テーマ|欲望・夢・戦争の影が絡み合う
イメージ:当サイト作成

『雨の中の慾情』は、あらすじだけ追うと置いていかれがちです。むしろテーマの軸を先に知っておくと、「何を見せられているのか」が腹落ちしやすい。欲望、夢、そして言葉にされない冷たい影。この3つが同時に動く映画です。

欲望:色気ではなく、生きようとする衝動

タイトルの慾情は、甘い官能というより、もっとむき出しの“衝動”に近い言葉です。
この作品の欲望も、上品な恋愛感情ではありません。義男の焦りや執着、生の熱と直結していて、ただ過激さを狙った材料ではないんですよね。だからエロティックなのに、笑える瞬間があったり、怖くなったり、急に切なくなったりする。感情が一か所に落ち着かないところが、この映画の肌触りです。

夢:救いであり、現実に戻す刃でもある

本作は最初から夢っぽい空気をまとっています。ただし癒しの夢ではなく、どこか不穏で、現実の痛みを引きずった夢。
雨の中の出来事が多いのも象徴的で、雨が降っている間は世界が曖昧になり、忘我に入りやすい。でも雨が止むと、現実が見えてしまう。つまりこの映画は「雨が止む瞬間」を怖がっている、と言ってもいいと思います。

戦争の影:説明されないのに、ずっと寒さが残る

ネタバレなしで言える範囲でも、個人の欲望だけでは説明できない冷たさが漂っています。登場人物の言動の端、制度っぽい不穏さ、身体感覚の痛みとして、じわっと滲む感じ。
しかもその影は、物語が進むほど意味が変わって見えてくるタイプです。だから前半は「正体当て」をするより、「この世界、なんか寒いぞ」と感じたまま持っておくのがちょうどいいです。

欲望は人を生かすけど壊しもする。夢は救いだけど現実へ戻す刃にもなる。戦争の影は、個人では抗いにくい大きな力として漂う。
この3つが重なることで、『雨の中の慾情』は恋愛映画の形を保ちながら、観客の足元をゆっくり崩してきます。ハマる人には強烈、合わない人にはしんどい。だからこそ、観たあとに考察したくなる一本です。

ネタバレなしで見どころ紹介|刺さるポイントは5つ

『雨の中の慾情』は、筋を整理して理解するより、映像と空気で連れていかれるタイプです。合う人には抜群に刺さるので、ここではネタバレなしで「どこが面白いのか」をまとめますね。

台湾ロケが作る“昭和っぽいのに異国”の浮遊感

ほぼ台湾ロケの街並みが、昭和レトロみたいなのに日本じゃない。登場人物は日本語で話しているのに風景がズレていて、最初から足元がふわっとします。この不思議な浮遊感が、作品全体を夢みたいな手触りにしているんです。

ラブストーリーの顔をしつつ、ジャンルが溶けていく

序盤は「売れない漫画家」「妖艶な女性」「胡散臭い男」「奇妙な共同生活」と、恋愛ドラマや同居コメディっぽく進みます。
ところが、見ているうちに「今の空気、ちょっと変じゃない?」が増えていく。コメディ、不条理、官能、怖さが混ざり合い、ジャンルの境目が溶けていく感覚がクセになります。

雨・虹・プリズム光が効く、強い映像モチーフ

この作品は絵の力が強いです。雨が世界を曖昧にして、虹やプリズムの光が差し込む。現実のはずの場面に、夢っぽい質感が混ざってくるんですよね。意味は後からでいい、とりあえず“絵で引っ張られる”快感があります。

視線のスリル:覗き、距離感、嫉妬が空気を重くする

出来事以上に効いてくるのが「誰が誰をどう見ているか」。言いたいことを飲み込む視線、近すぎる距離感、嫉妬や欲望が滲む瞬間。こういう空気の圧が積み重なって、共同生活の場面が息苦しくなるのに目が離せなくなります。

キャストの熱量が“変な世界”を成立させる

主演の成田凌を軸に、振れ幅の大きい役どころを真正面からやっていて、作品の無茶なテンションに負けていません。
中村映里子の存在感、森田剛の胡散臭さと妙な魅力、竹中直人の“笑えるのに怖い”感じも含めて、俳優陣の体当たりがこの世界を支えています。

台湾ロケの浮遊感、ジャンルが溶ける構成、雨や虹の映像、視線の緊張、そしてキャストの熱量。これらが重なって、ハマる人にはかなり強烈な体験になります。逆に、分かりやすさ最優先の人だと疲れるかも。そこだけ心づもりして観るのがおすすめです。

【ネタバレ注意】雨の中の慾情のあらすじを結末まで・レビュー・考察

ここから先はネタバレ込みです。ストーリーの核心を整理して、最後に賛否が割れるポイントも“刺さる理由”として言語化します。

あらすじ②【ネタバレ注意】|欲望・嫉妬・夢の匂いが濃くなる

あらすじ②【ネタバレ注意】|欲望・嫉妬・夢の匂いが濃くなる
イメージ:当サイト作成

三人暮らしが始まってからの流れは、恋愛のもつれだけじゃ終わりません。雨の夜の出来事をきっかけに、現実と夢の境目がにじみ、伊守の裏の顔まで一気に露わになっていきます。

隣室の情事と義男の衝動:欲望が外へ溢れ出す夜

福子に密かに想いを寄せる義男の目の前で、福子と伊守は情事に耽ります。夜、隣で始まった二人の激しい情交を盗み見た義男は興奮して眠れなくなり、もやもやした気持ちを抱えたまま外へ飛び出します。

ここ、気まずさと生々しさが同居していて、義男の「どうにもならなさ」が伝わってくるんですよね。

夢子の出現と轢き逃げ:現実なのか夢なのか分からなくなる

夜道で義男が出会うのが、夢子(中西柚貴)です。彼女が目の前を通り過ぎ、義男が思わず後を追うと、夢子は突然車に轢かれて田んぼに吹き飛ばされます。

慌てて駆け寄る義男ですが、この緊急時になぜか彼女の股間に手を伸ばしてしまう。助けたいのか、欲望に引っ張られているのか。現実と夢の境界がぐにゃっと歪む、不気味で不可解な場面が続きます。

伊守の逃亡と裏の顔:福子を置き去りにする決定的な裏切り

その後、伊守は責任を放棄し、福子を残して南の地へ逃げてしまいます。
伊守に恨みがある町の人間が義男と福子を襲撃し、義男は左腕を切られそうになるところを尾弥次の介入で場を収拾されました。

突然恋人に捨てられたことで福子の立場が一気に崩れて、義男の気持ちも「恋」だけじゃ済まなくなるんですよね。

南町への追跡:義男と福子が二人で伊守を追う旅へ

福子の心情を慮りつつも、義男は尾弥次の用事に付き添う形で、福子と二人で伊守を追って南へ向かう旅に出ます。

尾弥次に言われた仕事は、大勢の子供を脅かして子供のつむじに注射針を刺して液体を抽出して売ること。この液体が「つむじ風」と言って、南では高価な薬として取引されており、ロシア人風の男たちに大金で売り捌いていた。

この「現実離れ」したものが、どこか不穏で本作らしいところです。

伊守の“家庭”を目撃し、福子は取り乱す

南町にある伊守の妻の実家を訪ねた義男と福子は、裕福な家庭に収まる伊守の姿を目の当たりにします。
伊守には「南町で一番の富豪の娘婿」という裏の顔があり、最初から福子との関係も遊びだったことが明らかになります。

福子は裏切られた怒りと嫉妬で取り乱し、義男は声を掛けることもできず動揺します。

目の前の光景があまりに決定的で、義男は言葉が出ない。

車中での尾弥次の介入と、義男の怒り:福子のキスへつながる

帰り道の車中、尾弥次(大家)が落ち込む福子に妙に馴れ馴れしいスキンシップで慰めようとしますが、福子は拒絶します。その様子に義男は我慢できず、尾弥次を怒鳴りつける。

義男が自分を守って怒ってくれたことに福子は驚き、感激したように義男の顔を真正面から見つめ、そっと唇を重ねました。ようやく二人が近づきお互いに身体求め幸せの瞬間が訪れる…というところで、物語はさらに大きく揺れていきます。

隣室の情事で義男の欲望が溢れ、雨の夜の夢子の事件で現実と夢の境界がにじむ。そこに伊守の逃亡と裏の顔が重なり、義男と福子は南町へ。伊守の“家庭”を目撃した福子の崩れ方と、尾弥次への義男の怒りが、最後にキスへつながる——この流れが、前半の大きな転換点になっています。

あらすじ③【ネタバレ注意】|世界が反転し、現実?が顔を出す

ここから物語の手触りがガラッと変わります。義男と福子が身体を交わした、まさにその直後。幸福のピークで画面は切り替わり、観客ごと現実に突き落とされるような展開になります。

キス直後の“目覚め”:いままでが夢だったと示される瞬間

義男が目を覚ますのは病院のベッドの上です。そこで初めて、これまでの出来事が義男の見ていた夢だったことが示唆されます。しかも場所は、のどかな病室ではなく野戦病院。空気が重いのは当然で、ここから先は「夢を見ていた」だけでは済まない話になっていきます。

現実の義男は従軍兵士:負傷と昏睡が夢の背景になる

現実の義男は戦時下に従軍した日本兵で、激しい戦闘で大怪我を負い前線から運ばれてきました。左腕を切断するほどの重傷を負い、長く意識を失って昏睡状態にあった。夢の濃さや、現実と混ざる感覚は、この状況が下地になっているんですよね。

伊守と尾弥次の“現実での顔”:夢の人物が現実の関係へ再配置される

病室の傍らには、夢の中では友人だった伊守が軍服姿で付き添っています。現実の伊守は作家志望ではなく、義男と同じ部隊の戦友です。義男は何が起きたのか思い出せず、伊守から負傷の経緯を聞き出そうとします。

さらに、夢で大家だった尾弥次は、現実では野戦病院の軍医として現れます。夢で“怪しい出版社”に絡んでいた人物たちも、実際は戦地の知り合いや上官として姿を変えていく。夢の登場人物が、現実の人間関係を材料に組み直されていたことが、ここで見えてきます。

福子の不在と真実:娼婦としての過去と死

そして決定的なのが福子です。義男が夢で恋い焦がれた福子は現実世界にはいない。彼女はすでに病死して、この世を去っていたと告げられます。いきなり息が詰まるような事実で、義男が愕然とするのも無理はありません。

実は義男が負傷する前、駐屯地で出会って深く愛するようになった女性こそが福子でした。彼女は日本軍相手の遊廓で働いていた娼婦。
義男が目覚め、伊守と遊廓に行くと、夢子から福子の死と、万年筆が手渡されます。
過酷な戦地の中で心を通わせたものの、福子は義男が前線へ出ている間に亡くなっていました。

キスを合図に夢が剥がれ、野戦病院で義男の正体と負傷、伊守・尾弥次の現実での役割、そして福子=シェンメイ(春美)の死が明かされます。ここで物語は、夢の甘さではなく、戦争と喪失の痛みによって形を与えられていくんです。

結末【ネタバレ注意】|夢と現実の交錯の果てに残る“別れ”の余韻

結末【ネタバレ注意】|夢と現実の交錯の果てに残る“別れ”の余韻
イメージ:当サイト作成

ここから先は、物語が一気に重く、そしてややこしくなります。義男がなぜ瀕死の重傷を負ったのか、その記憶が戻ることで「夢の甘さ」と「現実の地獄」が同時に押し寄せる。読んでおくと、後半のカオスがぐっと掴みやすくなると思います。

義男が重傷を負った理由:戦場での悲劇と“取り返しのつかなさ”

義男の記憶は少しずつ回復していきます。現実の戦場で、義男の部隊は作戦行動中に民間人虐殺ともいえる悲劇を引き起こしていた。しかも義男は、隠れていた少女を見つけたが、逃がしてあげようとしている途中で別の少女に後ろから銃撃されてしまいます。

命は取り留めたものの代償が大きすぎる。義男は左腕と右脚を失い、さらに銃弾や爆撃の衝撃で男性としての性機能まで奪われるという苛烈な運命を辿ります。福子という希望も、肉体的な活力も失い、生きる気力が折れてしまうのは無理もないんですよね。

唯一の救いが夢になる:伊守や尾弥次の声すら遠のく

現実の地獄にいる義男にとって、救いは夢の中で福子と過ごす時間でした。覚醒後も、現実と夢の狭間をさまよい続けます。戦友の伊守や医師(尾弥次)が声を掛けても上の空で、意識はまた甘美な夢へ沈んでいく。

ここで映画の後半は、夢と現実が交錯する構成へと踏み込んでいきます。どちらが本当なのかを“整理”するより、揺らぎごと体感させる方向に振り切る感じです。

夢は気持ちよく終わらない:何度見ても福子と結ばれない

夢の中で義男は、福子との幸せで劇的な物語を幾度となく見続けます。つむじ風を採取する施設で福子に出会い、日本に連れていく約束をし、翌日迎えに行く際に、施設が誘拐の容疑で捜査に入られてしまいます。福子を必死に探して義男は町中を走り回りやっと見つけたと思った福子は車にはねられて田んぼに飛んでいきます

田んぼで意識を取り戻した福子と抱き合いますが、気が付くと福子は消失しており、義男も戦場の悪夢がフラッシュバックして、夢は現実の惨劇へ引き戻される。甘いはずの夢が、いつの間にか棘を持っているんです。

クライマックス:境界が崩れ、ラストは福子の「その後」へ

物語がクライマックスに近づくと、夢と現実の境界はさらに曖昧になります。軍服姿の義男が登場する夢も現れ、観客側も「どこまでが夢で、どこからが現実?」と混乱するようなカオスな展開になっていく。

そしてラスト。画面に出てくるのは、義男と離別した後の福子の「その後」とも思える情景です。若い日本兵と思しき男と福子が激しく求め合ったあと、若い日本兵はふと壁に貼られた福子のスケッチに気づく。そこには自分を描いた漫画家志望の男の絵――夢の中で義男がスケッチしていた痕跡が残されていて、福子はかつて自分を愛した義男の面影を思い出すかのような表情を浮かべます。

やがて福子はその若い兵士と共に日本へ旅立っていくかのように描かれ、物語は幕を閉じます。夢のはずなのに、義男のいない場所で時間が進む。ここが、余韻と不穏さが同居するポイントですね。

後半の軸は、義男の戦場の記憶が戻ることで、夢が“救い”でありながら“現実の痛み”も運んでしまうところにあります。何度も夢をやり直すのに結ばれず、境界が崩れ、最後には福子の「その後」だけが残る。だからこのラストは、ロマンティックなのにどこか冷たいんです。

【ネタバレ感想】賛否が割れるポイント

ここからは、物語の知恵袋・ふくろうとしての感想です。雨の中の慾情は、気持ちよくハマる人と、置いていかれる人がはっきり分かれます。分かれ道はシンプルで、“わからなさ”を楽しめるかどうか。ここに尽きます。

「わからなさ」を楽しめる人ほど、後半が快感になる

中盤以降、足場が崩れます。視点も設定も溶けて、頭の中の地図が役に立たなくなる。ここで「ズルい」と感じる人もいれば、「だから映画って面白い」と感じる人もいる。僕は完全に後者でした。

理解より体感。整理より酩酊。そう割り切れた瞬間に、この作品は急に“刺さる映画”に変わります。

前半→後半の落差が、ただの裏切りで終わらない

前半の奇妙さって、単なる変な味付けじゃないんですよね。後半で見え方を反転させるための仕込みとして効いてきます。

観終わったあとに前半を思い返すと、「辻褄が合った」というより、感情だけが急につながる瞬間がある。ここが好きな人は、たぶん二回目でさらにハマります。

とくに前半部分の、PR誌の仲間である「X」なんて掴まりそうなときにXジャンプしてましたし、「つむじ風」の流れもリアリティが無さすぎ、伊村の娘に「お尻の穴」なんて言わせるし。
笑いどころ?と思ったまま後半に突入することで、夢だからこそリアリティがなかったと腑に落ちます。

性描写・暴力描写は「テーマの一部」だけど、好みは分かれる

本作のきつい描写は、刺激目的というより、欲望=生の衝動として置かれている手応えがあります。生々しいからこそ、義男の執着や喪失が伝わってくる。

ただ、ここは本当に好みが出ます。苦手な人は無理に乗らなくていいし、「合わない」と感じるのも正直すごく自然です。

雨の中の慾情は、後半の攪乱を「ズルさ」と受け取るか、「映画の快感」と受け取るかで印象が真逆になります。前半の違和感が後半で意味を持ち、さらに性と暴力がテーマに接続したとき、刺さる人には強烈な体験になる——そんな一本でした。

雨の中の慾情の伏線回収・考察

雨の中の慾情の伏線回収・考察
イメージ:当サイト作成

雨の中の慾情は、考察の入口が多い映画です。ここで全部やると迷宮が深くなりすぎるので、伏線回収と象徴の読み解きは以下の記事で取り扱っています。

この記事で扱う論点

  • :希望ではなく不吉/執着の残り香として反復する理由
  • つむじ風:搾取や制度化された暴力のメタファーとしての読み
  • 目(眼):覗き/観察者/見られる恐怖がつながるポイント
  • 夢と現実の境界とラストの福子のシーンについて

ちなみに、片山慎三監督の“答えを言い切らない設計”が好きなら、同じ監督作の読み解きとして、岬の兄妹のラストをネタバレ解説|電話の相手と意味の考察も合わせてどうぞ。

また、戦争の“描き方”そのものが気になる人は、直接描写ではなく距離感で恐怖を立ち上げる作品として、映画『関心領域』のあらすじをネタバレ解説(実話との関係も整理)も参考になるかもです。

雨の中の慾情のあらすじ・見どころネタバレまとめ

  • 監督・脚本は片山慎三で、欲や痛み、社会のタブーを「きれいごとにしない」視線で描く作風
  • 前半は少し変わったラブストーリーに見せつつ、中盤から空気が一変し、そこで好みが分かれやすい
  • 原作はつげ義春の短編漫画「雨の中の慾情」(1981年)で、筋よりイメージ重視の実験作
  • 映画版は原作をそのまま映像化するより、夢っぽい手触りを核に長編として大胆に再構築した作品
  • 複数のつげ作品要素が混ざっているという見方もあり、「原作どおり」ではなく“気配”を育てた印象
  • 雰囲気は昭和レトロ×異国情緒で、恋愛の顔をした“感覚の迷宮”として進む
  • ほぼ台湾ロケで日本語芝居が進むため、地に足がつかない浮遊感が常に漂う
  • 作品データは日台合作・132分・R15+で、第37回東京国際映画祭コンペ出品作
  • 登場人物は少なめだが、関係性の温度が変化していくのが面白さの核
  • 物語は義男・福子・伊守の三角形に尾弥次が絡んで空気がねじれ、視線(嫉妬・欲望)が重要になる
  • 義男は巻き込まれながら内側が濃くなるタイプで、彼のムズムズや息苦しさが作品の空気になる
  • 福子は掴めないのに目が離せない重心で、「福子って何者?」が観客側の問いになりやすい
  • 伊守は胡散臭いのに魅力があり、場を“混ぜる”ことで共同生活を濁らせる装置として効く
  • 尾弥次は飄々としたトリックスターで、コミカルにも不穏にも見え、温度を一段上げる役回り
  • テーマは欲望(生きようとする衝動)・夢(救いと刃)・戦争の影(説明されない冷たさ)で、映像モチーフ(雨・虹・プリズム)と合わせて“揺さぶり”が主眼となる

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