
こんにちは、物語の知恵袋のふくろうです。
1993年公開の映画『アサシン』は、死刑囚だった女性が政府の秘密組織によって暗殺者に育てられ、やがて自由を求めて逃亡するアクション映画です。
ブリジット・フォンダ演じるマギーが次々と任務をこなしていく姿も見どころですが、私が特に気になったのは、彼女が最後に恋人J・Pを置いて姿を消した理由。そして、彼女を暗殺者に育てたボブが、なぜ組織に嘘をついたのかという点でした。
さらに、本作はリュック・ベッソン監督のフランス映画『ニキータ』をリメイクした作品です。ストーリーはよく似ているものの、掃除人ヴィクターの最期やラストシーンには見逃せない違いがあります。
この記事では、映画『アサシン』のあらすじを冒頭から結末まで振り返りながら、登場人物の生死やボブの行動、マギーが選んだ人生について詳しく解説していきます。
ここから先は映画の結末を含む完全ネタバレです。
この記事でわかること
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映画『アサシン』の詳しいあらすじと結末
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マギーやヴィクターなど主要人物の生死
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ボブが最後に嘘をついた理由と自由の意味
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オリジナル版『ニキータ』との重要な違い
映画アサシンのネタバレあらすじ
映画『アサシン』は、主人公マギーが警察官を殺害して死刑を宣告される場面から始まります。しかし、彼女の処刑は偽装されたものでした。政府の秘密組織によって命を救われたマギーは、今度は国家のために人を殺す暗殺者として生きることを強制されます。
まずは作品の基本情報と登場人物を確認しながら、マギーが組織に引き込まれ、最終的に姿を消すまでの出来事を追っていきましょう。
映画の基本情報と主要キャスト
『アサシン』は1993年に製作されたアメリカ映画で、原題は『Point of No Return』です。英語圏では『The Assassin』というタイトルでも知られ、日本では『アサシン/暗・殺・者』というソフト題も使われています。
監督は『サタデー・ナイト・フィーバー』や『ウォー・ゲーム』などで知られるジョン・バダム。脚本はロバート・ゲッチェルとアレクサンドラ・セロスが担当しました。
作品の基本情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | アサシン |
| 原題 | Point of No Return |
| 製作年 | 1993年 |
| 製作国 | アメリカ |
| 日本公開日 | 1993年6月19日 |
| 上映時間 | 約108〜109分 |
| 監督 | ジョン・バダム |
| 脚本 | ロバート・ゲッチェル、アレクサンドラ・セロス |
| 音楽 | ハンス・ジマー |
| 製作 | アート・リンソン |
| 原作映画 | ニキータ(1990年) |
主人公マギーを演じるのはブリジット・フォンダ。荒れた生活を送る若い女性から、洗練された暗殺者へ変わっていく過程を演じています。
そのほか、ガブリエル・バーン、ダーモット・マローニー、アン・バンクロフト、ハーヴェイ・カイテルなど、個性的な俳優が出演しています。
| 登場人物 | 俳優 | 役割 |
|---|---|---|
| マギー | ブリジット・フォンダ | 政府の暗殺者となる主人公 |
| ボブ | ガブリエル・バーン | マギーの訓練担当者 |
| J・P | ダーモット・マローニー | マギーの恋人 |
| アマンダ | アン・バンクロフト | 礼儀作法などの教育係 |
| ヴィクター | ハーヴェイ・カイテル | 証拠隠滅を担当する掃除人 |
| カウフマン | ミゲル・フェラー | 秘密組織の責任者 |
| ベス | ロレイン・トゥーサント | マギーの同僚工作員 |
| アンジェラ | オリヴィア・ダボ | バクティアルの恋人 |
| バクティアル | リチャード・ロマナス | 核関連情報を売買する人物 |
本作の大きな特徴は、マギーを取り巻く人物がそれぞれ違う形で彼女の人生に関わっていることです。ボブは生きる機会を与えながら暗殺者へ育て、J・Pは普通の暮らしを教えます。そしてカウフマンやヴィクターは、組織の命令に逆らうことの恐ろしさを体現しているのです。
なお、アメリカ公開日やスタッフ、詳しい物語の記録については、米国映画協会AFIの『Point of No Return』作品記録でも確認できます。
薬局襲撃事件とマギーの死刑

物語の舞台はアメリカのワシントンD.C.。主人公マーガレット・ヘイワード、通称マギーは、薬物に依存し、仲間たちと犯罪を繰り返す生活を送っていました。
ある夜、マギーたちは薬物を手に入れるため薬局に押し入ります。しかし、警察が駆けつけたことで銃撃戦となり、マギーは警察官を射殺してしまいました。
逮捕されても彼女の反抗的な態度は変わりません。裁判中にも激しく暴れ、警備員を殴り、法廷から逃げ出そうとします。しかし抵抗は実らず、警察官殺害の罪によって死刑判決が下されました。
やがて、マギーは薬物注射による死刑を執行されます。ところが、次に目を覚ました場所は、墓の中でも病院でもありませんでした。白い壁に囲まれた見知らぬ部屋だったのです。
この導入が興味深いのは、マギーが一度死んだことにされることで、法律や社会から存在を消されてしまう点です。刑務所から救われたようにも見えますが、実際にはもっと恐ろしい場所へ連れてこられたわけですね。
ボブが与えた第二の人生

マギーの前に現れた男性はボブと名乗ります。彼は政府の秘密組織に所属しており、裁判中からマギーに目をつけていました。
彼が提示した選択肢は、秘密工作員として働くか、実際に死ぬかというもの。公式記録ではマギーはすでに処刑されているため、普通の社会へ戻ることもできません。
マギーは最初、ボブを襲って逃亡しようとします。しかし失敗し、施設から逃れられない現実を思い知らされました。
ただし、ここでの決断を自由な選択とは呼べないでしょう。拒否すれば殺される状況なのですから、組織が提示した第二の人生は、最初から服従を前提にしたものでした。
ボブはマギーの命を救った人物であると同時に、その後の人生を奪った人物でもあります。この矛盾した関係が、最後の場面まで続くことになります。
暗殺者としての訓練と変貌
格闘術、射撃、コンピューター操作などに加え、語学や礼儀作法、会話術まで学ぶことになりました。単に相手を殺す技術だけでなく、社会に自然に溶け込む能力が求められていたのです。
なかでも重要な役割を果たすのが、アン・バンクロフト演じるアマンダです。彼女はマギーに身だしなみや美しい振る舞いを教え、笑顔の作り方から指導します。
最初のマギーは、食事中の態度も言葉遣いも粗暴でした。しかし訓練を重ねるうちに、落ち着いた会話や洗練された身のこなしを身につけていきます。
もちろん、組織が彼女を教育する目的は社会復帰ではありません。暗殺者であると疑われず、標的へ近づけるようにするためです。
ここには皮肉があります。マギーが普通の女性らしく振る舞えるようになるほど、組織にとって便利な殺人者になっていくのです。
一方、彼女の訓練成績は優秀で、ボブもその能力を高く評価します。組織幹部のカウフマンは制御しにくいマギーを危険視しますが、ボブは訓練の継続を後押ししました。
レストランでの危険な最終試験

ある日、ボブはマギーを高級レストランへ連れ出します。
施設で暮らしていたマギーにとって、久しぶりの外出は特別な時間でした。美しい服を着て、豪華な食事を楽しめる。ようやく少しだけ普通の生活を味わえると思ったはずです。
しかし、ボブから贈られた箱の中に入っていたのは拳銃でした。
ボブは突然、レストランの上階にいる標的を殺害するよう命じます。マギーはその場で暗殺を実行しなければならなくなりました。
彼女は標的を撃ちますが、すぐに護衛たちが動き出します。さらに、ボブから教えられていた脱出経路の窓はふさがれており、予定どおりに逃げることができません。
マギーは厨房を通って追っ手と銃撃戦を繰り広げ、何とか施設へ帰還します。
怒りをあらわにするマギーに対し、ボブはこれが最終試験だったことを告げます。つまり、彼女は事前に知らされないまま、殺人と逃走を命じられていたわけです。
この場面は、マギーが組織にとって優秀な工作員になったことを示しています。しかし、彼女自身が幸せになったわけではありません。
むしろ、誕生日の食事やプレゼントでさえ任務のために利用されるという現実が、組織との関係を象徴しているように思えました。
クローディアとしての新生活

社会生活ではクローディア・ドーランという名前を使い、コンピューター関連の仕事をする女性として暮らすことになりました。
さらに、工作員としてのコードネームは「ニーナ」。これはマギーが好きな歌手ニーナ・シモンに由来しています。
彼女が移り住んだのは、カリフォルニア州ヴェニスの海辺にあるアパートです。
そこで出会うのが、アパートの管理業務をしながら写真家を目指しているJ・Pでした。
J・Pはマギーに興味を持ち、二人は次第に親しくなります。マギーも彼に心を開くようになり、恋人同士となりました。
ところが、マギーには本当の名前も過去も仕事も自由に話せません。J・Pが家族や幼少期のことを尋ねても、彼女は曖昧な返事しかできないのです。
J・Pにとっては、好きな女性のことをもっと知りたいだけ。しかし、マギーにとって過去を話すことは、組織の秘密を明かす危険な行為でした。
そんな二人の生活を見ていると、マギーが初めて手に入れた普通の幸せが、非常に壊れやすいものだったと感じます。
ホテル爆破とボブの叔父役
ある任務ではホテルの従業員に変装し、組織の工作員たちが用意したルームサービスのトレーを指定された客室へ届けます。マギーがホテルを離れると、客室のある階で大きな爆発が起こりました。彼女は任務を終えると、何事もなかったようにJ・Pとの日常へ戻りました。
この二重生活は、想像するだけでも息苦しいものです。仕事では人の命を奪い、家では恋人と食事をする。その二つを同じ人物が続けなければなりません。
ボブはJ・Pに会うことを要求し、マギーの叔父という設定で食事に参加します。
J・Pはマギーの幼少期について質問しますが、ボブは巧みに作り話をしてその場を乗り切ります。マギーが若い頃に野生馬を乗りこなしたというエピソードまで語るのです。
私がこの場面で怖いと感じたのは、組織がマギーの仕事だけでなく、過去の思い出まで作り替えられることでした。
マギーの人生は、他人が語った嘘によって少しずつ形を変えられていきます。J・Pとの関係が深まるほど、その嘘は彼女を苦しめることになるのです。
ニューオーリンズでの狙撃任務
ボブはマギーとJ・Pに、ニューオーリンズ旅行の航空券をプレゼントします。
ところが、旅行中に強盗に遭遇したマギーは、訓練で身につけた格闘技術を使って相手を撃退します。普通の女性とは思えない動きに、J・Pは驚かされました。
さらに、旅行そのものにも秘密がありました。組織はマギーに新たな暗殺任務を実行させるため、二人をニューオーリンズへ送り込んでいたのです。
ホテルへ戻ったマギーは、浴室に隠された狙撃銃を取り出します。そして窓の向こうにいる標的を狙いました。
そのとき、浴室のドア越しにJ・Pが結婚を申し込みます。
マギーにとって、普通の女性として幸せになれるかもしれない瞬間でした。しかし、彼女の手には銃があり、耳には組織からの指示が届いています。
マギーは迷いながらも標的を狙撃し、銃を隠します。そして浴室へ入ってきたJ・Pの前で、感情を抑えきれなくなりました。
J・Pは彼女の苦しみの理由を知りません。だからこそ、何も説明できないマギーの孤独が際立って感じられました。
マギーが暗殺者を辞めたい理由
ニューオーリンズでの任務を終えたマギーは、ボブに組織から抜けたいと訴えます。
彼女はもう人を殺したくありませんでした。J・Pと普通の生活を送りたいという願いが、暗殺者としての仕事を続ける気持ちを上回っていたのです。
しかし、ボブは簡単に退職を認められません。秘密工作員が自由に辞められるような組織ではないからです。
マギーは、かつての教育係アマンダにも相談します。
しかしアマンダは、組織を辞めるという可能性を考えたことがないと答えます。
ここで二人の立場は大きく異なります。アマンダは組織の中で生きる方法を知っていますが、マギーは組織の外で生きることを望んでいました。
そんな彼女に、ボブは最後の任務を与えます。その任務を成功させれば脱退に向けて協力すると約束し、マギーを再び暗殺の世界へ送り込むのでした。
バクティアル暗殺計画の全貌
マギーに与えられた最後の任務は、核関連の機密情報を中東に売却しようとしているファハド・バクティアルに関するものでした。
マギーはバクティアルの恋人アンジェラに変装して屋敷へ潜入する計画を立てます。
まず、同僚の工作員ベスとともにアンジェラへ接近し、薬で眠らせようとします。しかし、アンジェラが助けを求めたことで護衛たちに気づかれ、銃撃戦となります。
ベスは撃たれて負傷しながらも、アンジェラの護衛二人を射殺しました。
予定外の事態に動揺したベスは、組織の責任者カウフマンへ連絡します。
その結果、現場へ派遣されたのが、ハーヴェイ・カイテル演じる掃除人ヴィクターでした。
この段階では、マギーはまだ最後の任務を終えれば自由になれるかもしれないと考えています。しかし、組織の方針は彼女の希望とはまったく異なるものでした。
実際には、カウフマンはマギーを処分することまで考えていたのです。
掃除人ヴィクターの恐ろしさ
ヴィクターは、組織の証拠隠滅や関係者の抹殺を担当する特殊工作員です。
現場へ到着したヴィクターは、酸を使って死体を処理し始めます。さらに、眠らされていただけのアンジェラまで処分対象に含めました。
アンジェラは政府組織の秘密など何も知らない一般人です。しかし、ヴィクターにとっては作戦の後始末を妨げる可能性がある存在だったのでしょう。
そして、負傷したベスもヴィクターによって殺されてしまいます。
ベスはマギーと同じ組織の工作員であり、任務のために働いていた人物です。それでも失敗した瞬間、命を守ってもらえる保証はありませんでした。
ここまで登場してきたボブやアマンダは、どこか人間的な感情を見せる人物でした。しかしヴィクターは、組織の命令がどれほど残酷であるかを隠そうとしません。
マギーはなぜ標的を殺せなかった?

ヴィクターによって現場の後始末が行われた後、マギーはアンジェラに変装してバクティアルの屋敷へ潜入します。
マギーは銃で相手を脅し、コンピューターの機密情報を取り出します。必要なデータを記録媒体へ保存し、元の情報を破壊するところまでは任務を進めました。
しかし、残された命令はバクティアルの殺害です。
マギーは銃を向けながらも、引き金を引くことをためらいます。その隙を見たバクティアルが反撃し、屋敷の警備員たちも動き出しました。
結局、マギーはバクティアルを殺せないまま逃走します。
物語の冒頭では、彼女は薬局で警察官を殺害しています。その後、暗殺者として訓練を受け、実際に複数の殺人任務を実行してきました。
ところが、J・Pとの生活を経験した今のマギーは、目の前の人間を殺すことにためらいを感じています。
暗殺者としての技術が高まる一方で、殺すことへのためらいも生まれていく。この矛盾こそ、マギーの人間的な変化を象徴しているのではないでしょうか。
もちろん、彼女が突然すべての暴力を拒絶する人物になったわけではありません。それでも、少なくとも殺人を当然の仕事として受け入れられなくなったことは、物語の中で大きな変化だと感じます。
ヴィクターの最期とマギーの逃亡
屋敷から逃げ出したマギーは、ヴィクターが運転する車に乗り込みます。
しかし、ヴィクターにはカウフマンから別の命令が下されていました。それは、任務が終わったらマギー本人も殺害することです。
マギーはヴィクターの動きから、自分が狙われていることを察します。
二人は走行中の車内で争い、車は制御を失って崖際で停止しました。
車から飛び出した後も争いは続き、マギーは車体の下に潜り込んで身を守ります。しかしヴィクターは容赦せず、彼女を殺そうとしました。
ヴィクターは車の下敷きになるような形で巻き込まれ、そのまま崖下へ転落して死亡しました。
彼女が倒したのは、単なる敵の暗殺者ではありません。秘密を守るためなら仲間まで殺す組織の象徴ともいえる人物でした。
ヴィクターを倒したことで、マギーはようやく自分を殺そうとする追跡者から逃れます。しかし、組織そのものから自由になったわけではありません。
その後、負傷したマギーはJ・Pのいるアパートへ戻るのでした。
ラストでマギーは生きている?
映画『アサシン』の主人公マギーは、最後まで生きています。
ヴィクターとの戦いの後、マギーはアパートへ戻り、ベッドにいるJ・Pのそばで休みます。
ところが翌朝、マギーはアパートから姿を消してしまいます。服や私物はほとんど残されたままで、バクティアルから奪ったデータと、ボブに宛てたメモが置かれていました。
その後、ボブがアパートを訪ねてくると、J・Pはマギーの失踪を伝え、これ以上彼女を追わないよう頼みました。
また、マギーが残した機密データをボブに渡します。メモについては、彼女が発見されることを望んでいないと考え、読ませずに破り捨てていました。
ボブはマギーが愛聴していたニーナ・シモンのレコードを手に取り、持ち帰ります。
そして外へ出たボブは、霧の向こうにいるマギーの姿を目撃するのです。
マギーが生きていることを理解したボブは、彼女を追いかけません。カウフマンへ電話をかけ、ヴィクターだけでなくマギーも事故で死亡したと報告します。
映画『アサシン』の結末
マギーはヴィクターを倒して生存し、恋人J・Pのもとを去ります。ボブは彼女が生きていることを知りながら、組織には死亡したと嘘を報告しました。マギーは正式に解放されたわけではありませんが、新しい人生へ進む可能性を手にしています。
映画アサシンのネタバレ結末と考察
ここからは映画『アサシン』の結末に込められた意味を考えていきます。ボブはなぜ組織を裏切ったのか。マギーはなぜ愛するJ・Pと一緒に逃げなかったのか。そして、オリジナル版『ニキータ』では同じ物語がどのように描かれているのでしょうか。
単なる暗殺者の逃亡劇として見るだけでなく、登場人物の感情や行動に目を向けると、この映画の違った魅力が見えてきます。
ボブが最後に嘘をついた理由

ボブはマギーを政府の暗殺者に育てた人物です。最初は組織の命令に従うことを求め、彼女が辞めたいと訴えても、すぐには認めませんでした。
私は、ボブの中にあったマギーへの愛情と責任感が関係していると考えています。
ボブはマギーに特別な感情を抱いていました。訓練を続けられるよう働きかけ、彼女が優秀な工作員になることを喜びます。最終試験の後にはキスをする場面までありました。
彼女に新しい人生を与えたつもりでも、実際には自由を奪ってしまった。マギーが組織から逃れようとする姿を見て、ボブ自身もその矛盾を理解したのかもしれません。
最後にボブが死亡を報告する場面では、少しためらいが見られます。その沈黙には、組織への忠誠とマギーへの思いの間で揺れる気持ちが表れているように感じました。
もちろん、彼の行動を恋愛感情だけで説明することはできません。自分が育てた女性への責任や、彼女の変化を認める気持ちもあったのでしょう。
ただ、最終的にボブが選んだのは、マギーを管理し続けることではなく、彼女の自由を認めることだったのです。
マギーは本当に自由になれた?
残念ながら、映画ではマギーが正式に組織から解放されたという説明はありません。
ボブの虚偽報告によって追跡を逃れる可能性は高まりますが、組織の中には彼女の能力や過去を知る人間が存在しています。
マギーがその後どこへ向かったのか、どんな名前で暮らすのかも明らかになりません。将来の安全が保証されたわけではないのです。
これまでのマギーは、犯罪、死刑、秘密組織、暗殺任務というように、他人が決めた状況に流され続けてきました。
しかし、最後の失踪だけは違います。誰かに与えられた命令ではなく、自分自身の判断で選んだ行動でした。
組織から逃げる生活は決して楽ではないでしょう。それでも、誰かに生き方を決められるより、自分で進む道を選ぶことをマギーは望んだのではないでしょうか。
マギーにとっての自由は、誰にも追われず安全に暮らせることだけではなかったと思います。自分が人を殺すかどうか、誰を愛するか、どんな人生を歩むかを自分で決められること。その権利を取り戻そうとしたのが、最後の失踪だったのではないでしょうか。
J・Pを残して姿を消した理由
彼女はJ・Pを愛していました。ニューオーリンズでプロポーズされ、普通の暮らしを望んでいたことも分かっています。
考えられる理由の一つは、J・Pを危険から遠ざけるためです。
マギーを追っているのは、失敗した工作員や一般人でさえ殺害する組織でした。J・Pが一緒に逃亡すれば、彼も標的にされる可能性があります。
実際、ヴィクターはマギーの同僚ベスや、任務と無関係なアンジェラまで殺害しています。マギーは、組織の恐ろしさを十分に理解していました。
もう一つは、J・Pとの生活を続ける限り、マギーが過去の自分から離れられないという問題です。
J・Pとの関係は、クローディアという偽りの身分から始まりました。彼を愛する気持ちは本物でも、二人が出会ってからの生活には組織が作った嘘が含まれています。
だからこそ、マギーは一度すべてを手放す必要があると考えたのかもしれません。
もちろん、映画では別れの理由を本人が詳しく説明しているわけではありません。ただ、少なくともJ・Pへの愛情がなくなったという描写はありませんでした。
むしろ、彼を大切に思っているからこその別れとして受け取れる場面です。
J・Pはマギーの正体を知っていた?
J・Pは最初、マギーが政府の暗殺者であることを知りませんでした。
過去について話したがらないこと、仕事の内容を具体的に説明しないこと、突然出かけること、そして普通では考えられない格闘技術。
ボブが訪ねてきたときも、マギーを追わないよう求め、彼女が残した機密データを渡しています。
ただし、J・Pが組織の全体像やマギーの任務をどこまで正確に理解していたかは、明確に説明されていません。
J・Pは組織の人間ではありません。だからこそ、マギーの能力ではなく、一人の女性としての彼女を大切にしていたと考えられます。
アマンダが象徴するもう一つの人生
アマンダは、マギーに礼儀作法や女性としての振る舞いを教えた人物です。
しかし、彼女が教えた技術は、暗殺者として標的へ近づくためにも使われていました。
マギーが脱退について相談したとき、アマンダは自分が組織を離れることを考えた経験がないと答えました。
彼女はマギーよりも多くの経験を積み、洗練された大人として振る舞っています。しかし、自由に生きるという発想では、マギーの方が先へ進もうとしていました。
マギーはアマンダから社会のルールを学びました。そして最後には、アマンダが選ばなかった生き方を自分で選ぼうとしたのです。
ニーナ・シモンの音楽が持つ意味
『アサシン』では、歌手ニーナ・シモンの音楽が繰り返し登場します。
マギーは彼女の歌を好んでおり、工作員としてのコードネーム「ニーナ」も、そこから付けられました。
劇中では「Feeling Good」「Wild Is the Wind」「I Want a Little Sugar in My Bowl」などの楽曲が使われています。
本作の劇伴音楽を担当したのはハンス・ジマーですが、ニーナ・シモンの歌声はマギーという人物を理解するうえで特別な意味を持っています。
なぜなら、コードネームは組織によって与えられたものでありながら、その由来はマギー自身の好みにあるからです。
マギーは名前も経歴も作り替えられています。しかし、好きな音楽まで組織に決められたわけではありません。
最後にボブがニーナ・シモンのレコードを持ち帰る場面も、印象的でした。
ボブにとって、そのレコードは単なる音楽ではなく、マギーという女性を思い出すための品だったのかもしれません。
このように考えると、ラストでレコードを持ち帰る行動と、マギーの生存を隠す行動が、同じ愛情から生まれているようにも感じられます。
ニキータとの違いはどこにある?
映画『アサシン』は、リュック・ベッソン監督が1990年に製作したフランス映画『ニキータ』のハリウッドリメイクです。
オリジナル版ではアンヌ・パリローが主人公ニキータを演じ、チェッキー・カリョがボブを演じています。
一方、アメリカ版ではブリジット・フォンダがマギーを、ガブリエル・バーンがボブを担当しました。
主人公が薬局で警察官を殺害する冒頭、秘密施設での訓練、レストランでの最終試験、恋人との生活、浴室からの狙撃、最後の失踪まで、物語の基本的な流れは共通しています。
| 比較項目 | ニキータ | アサシン |
|---|---|---|
| 公開年 | 1990年 | 1993年 |
| 監督 | リュック・ベッソン | ジョン・バダム |
| 主演 | アンヌ・パリロー | ブリジット・フォンダ |
| 主人公 | ニキータ | マギー |
| 主人公への判決 | 終身刑 | 死刑 |
| 偽装された死 | 自殺 | 死刑執行 |
| 恋人 | マルコ | J・P |
| 旅行先 | ヴェネツィア | ニューオーリンズ |
| 最後の任務 | 大使館の機密情報奪取 | 核関連情報の奪取と暗殺 |
| 掃除人 | ジャン・レノ | ハーヴェイ・カイテル |
| 掃除人の最期 | 銃撃戦で致命傷を負う | 車とともに崖下へ転落 |
| ラスト | 主人公の失踪後は姿を示さない | 生存したマギーをボブが目撃する |
| 音楽 | エリック・セラ | ハンス・ジマー |
『ニキータ』ではジャン・レノ演じるヴィクトルが、大使館での銃撃戦によって致命傷を負います。彼は結果的にニキータを逃がすことになりますが、本人は死亡してしまいます。
一方『アサシン』では、掃除人ヴィクターがマギー本人を殺そうとします。そして、二人の直接対決がクライマックスとなりました。
また、『ニキータ』では主人公が失踪した後の姿が示されません。対して『アサシン』ではマギーが霧の向こうに現れ、ボブが生存を隠す場面が追加されています。
つまり、物語の基本構造は似ていても、『アサシン』では主人公が自分の命を守る戦いと、ボブによる最後の決断がより明確に描かれているという違いがあります。
アサシンはニキータの続編?
『アサシン』は『ニキータ』の続編ではありません。
たとえば『ニキータ』の主人公ニキータが、アメリカへ渡ってマギーという名前になったわけではありません。
『ニキータ』では主人公がマリーという新しい身分を与えられ、工作員としてジョゼフィーヌのコードネームを使用します。
一方『アサシン』の主人公はマギーで、クローディアという名前を使い、コードネームはニーナです。
なお、ジャン・レノは後にリュック・ベッソン監督の『レオン』で殺し屋を演じています。ただし、『レオン』が『ニキータ』の物語上の続編というわけではありません。
もちろん『アサシン』だけでも物語は理解できます。両作品を見比べることで、同じ設定でも俳優や監督によって印象が変わる面白さを味わえるはずです。
監督と俳優が生み出した作品の魅力
『アサシン』の監督ジョン・バダムは、アクションやサスペンスを分かりやすく描くことに長けた映画監督です。
本作でも、レストランでの銃撃戦、ニューオーリンズでの狙撃任務、ヴィクターとの最後の対決など、緊迫した場面が用意されています。
冒頭のマギーは、攻撃的で周囲との関わり方を知らない人物でした。しかし、訓練を受け、J・Pと恋に落ちるにつれて、表情や振る舞いが変わっていきます。
この変化によって、暗殺者としての能力を身につけることと、人間として成長することが必ずしも同じではないというテーマが見えてきます。
彼は表面上は冷静ですが、マギーへの感情を完全には隠せません。組織への忠誠と個人的な思いの間で揺れる姿が、最後の決断につながっています。
そしてハーヴェイ・カイテル演じるヴィクターの存在感。登場する時間は長くありませんが、彼が現れることで物語の空気が一変します。
ヴィクターは、組織が求める暗殺者の極端な完成形のようにも見えます。だからこそ、マギーが彼と対決する展開には特別な意味があるのでしょう。
死刑偽装と最後の嘘の共通点
それは、マギーが二度にわたって死亡したことにされるという点です。
最初は死刑執行を偽装され、政府組織へ連れてこられました。このときの偽装は、彼女の自由を奪うために利用されています。
しかし、最後にボブがマギーの死亡を報告する場面では、同じ嘘が彼女を守るために使われるのです。
最初の死は組織への服従を意味し、最後の死は組織から逃れる可能性を生み出しました。
もしラストでボブが単にマギーを見逃すだけだったら、ここまで印象的な結末にはならなかったかもしれません。
組織が一度使った偽装の方法を、今度はボブがマギーを守るために使う。物語の始まりと終わりがつながる構成には、考えさせられるものがあります。
マギーの変化から考える自由と更生
『アサシン』は暗殺者を主人公にしたアクション映画ですが、私は更生というテーマも含まれていると思います。
しかし、死刑を免れた後に与えられたのは、社会に戻るための教育ではなく、さらに人を殺すための訓練でした。
ところが、マギーはJ・Pとの生活を通して、殺人とは無関係の幸福を知るようになります。
誰かに必要とされ、一人の人間として受け入れられる経験によって、自分の人生を考えられるようになったのではないでしょうか。
もちろん、過去の殺人が許されるわけではありません。彼女が犯した罪の責任が、最後の逃亡によって消えるわけでもないのです。
それでも、人間が過去のままではなく、別の生き方を望むようになる可能性は描かれています。
同じように自由や支配を扱った映画としては、『トゥルーマン・ショー』のネタバレ考察も興味深い作品です。主人公が自分の人生を他人に決められているという点では、『アサシン』との共通点を感じられます。
映画アサシンを観た感想と考察
私が映画『アサシン』で最も印象に残ったのは、マギーが暗殺者として成長するほど、皮肉にも人を殺すことができなくなっていくという矛盾でした。
彼はマギーの過去を知らず、目の前にいる女性を純粋に愛しています。暗殺者としてしか価値を認められなかったマギーにとって、J・Pとの生活は初めて手にした普通の幸福だったのではないでしょうか。
愛する人との未来を約束したい瞬間に、銃の引き金を引かなければならない。扉一枚を隔てて、まったく異なる世界が存在している演出が見事でした。
特別な感情を抱いているようでありながら、組織の命令には逆らえない。その矛盾を抱えたボブが、最後には彼女の生存を隠すために嘘をつく。この行動こそ、彼なりの愛情の示し方だったのかもしれません。
ただ、個人的には派手な戦闘よりも、マギーがバクティアルを殺せなかったことの方が重要に思えました。
かつて警察官を撃った女性が、暗殺者として訓練され、J・Pとの生活を経験した後には、殺人をためらうようになる。これは戦闘技術ではなく、人間としての変化を象徴しているように感じます。
愛する人と一緒に逃げるのではなく、一人で姿を消す。それは彼を危険から遠ざけるためでもあり、誰かに守られるのではなく、自分の意思で生きるための決断だったのではないでしょうか。
本作の本質は、「人間は過去を乗り越えて変われるのか」という問いにあると感じました。
マギーは最後まで完全な自由を手に入れたわけではありません。それでも、組織が決めた人生ではなく、自分で選んだ人生へ踏み出した。
霧の向こうへ消えていく彼女の姿には、寂しさと同時に確かな希望を感じました。
映画アサシンのよくある質問(FAQ)
Q1. 映画『アサシン』でマギーは最後に死にますか?
A. マギーは死亡しません。ヴィクターとの戦いを生き延び、J・Pのもとへ戻った後に姿を消します。ラストではボブが生存しているマギーを目撃しますが、組織には彼女が死亡したと報告しています。
Q2. ボブはなぜマギーを見逃したのですか?
A. ボブはマギーに特別な愛情や責任感を抱いていたと考えられます。彼女が普通の人生を望んでいることも知っており、最後には組織への忠誠より彼女の自由を優先したと解釈できます。ただし、本人の動機がすべて明言されるわけではありません。
Q3. 掃除人ヴィクターは最後にどうなりますか?
A. ヴィクターは組織の命令でマギーを殺そうとしますが、車内で争いとなり、崖際で激しい格闘が発生します。最後は車体に巻き込まれ、車とともに崖下へ転落して死亡しました。マギーは生存しています。
Q4. 『アサシン』と『ニキータ』は同じ映画ですか?
A. 同じ映画ではありません。『アサシン』は1990年のフランス映画『ニキータ』を基に製作された1993年のアメリカ映画です。物語の基本構造は似ていますが、主人公の名前や俳優、最後の任務、掃除人の最期、ラストシーンなどに違いがあります。
Q5. マギーとJ・Pは最後に結ばれますか?
A. 映画では二人が再会する場面はありません。マギーはJ・Pのもとへ戻りますが、翌朝には一人で姿を消します。その後に二人が再会したのか、結婚したのかについても描かれていません。
アサシンのネタバレまとめ
映画『アサシン』は、死刑囚だったマギーが政府の秘密組織によって暗殺者に育てられ、恋愛を通じて普通の人生を望むようになる物語です。
最後の任務では、バクティアルの機密情報を取得することに成功します。しかし、標的の殺害には失敗し、さらに組織から派遣された掃除人ヴィクターに命を狙われました。
映画『アサシン』の重要ポイントは以下の通りです
- マギーは最後まで生存している
- ヴィクターはマギーとの対決で死亡する
- ボブはマギーの生存を知りながら組織に嘘をつく
- J・Pとマギーの再会は描かれていない
- 『ニキータ』とは最後の任務と結末の描き方が異なる
私はこの作品を、暗殺者が敵を倒して勝利する映画というよりも、他人に支配されていた女性が、自分の意思で生きる道を選ぼうとする物語として受け取りました。
誰かに与えられた第二の人生ではなく、自分で選ぶ新しい人生。
その可能性を感じさせるラストだからこそ、映画『アサシン』は単なるアクション映画では終わらない魅力を持っているのだと思います。