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映画『マーヴェリック』ネタバレ|結末・父親の正体とラストを解説

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こんにちは、物語の知恵袋のふくろうです。

1994年の映画『マーヴェリック』は、メル・ギブソン演じる天才ギャンブラーが賞金50万ドルのポーカー大会を目指す西部劇コメディです。ところが、いざ観てみると面白いのはポーカーの勝敗だけではありません。財布を抜く小さな仕掛けから、味方だと思っていた人物の正体がひっくり返る終盤まで、誰が誰を騙しているのか分からない状態がずっと続きます。

私が特に好きなのも、この騙し合いの軽やかさです。メル・ギブソンとジョディ・フォスターが互いの懐を探り合う掛け合いはもちろん、ジェームズ・ガーナーが少し離れたところから物語を支えているのも実にいいんですよ。しかもラストでは、それまでの人間関係まで丸ごと見え方が変わります。

この記事では、1994年版『マーヴェリック』のあらすじを結末まで追いながら、クーパーの正体、アナベルが最後に賞金を盗んだ理由、スペードのAと「魔法」の意味、TV版とのつながりまでネタバレ込みで解説します。2022年の『トップガン マーヴェリック』とは別作品なので、その点も間違えないように見ていきましょう。

この記事でわかること

  • マーヴェリックがポーカー大会へたどり着くまでの流れ

  • クーパーとデュヴァルが隠していた本当の関係

  • 最後のスペードのAと魔法という言葉の意味

  • TV版や西部劇パロディまで含めた作品の見どころ

映画『マーヴェリック』のネタバレあらすじと結末

まずは物語を最初から最後まで追っていきます。本作は登場人物が次々と別の顔を見せるので、前半で起きた出来事が終盤のどんでん返しにつながっていることも少なくありません。特にクーパー、エンジェル、デュヴァルの関係を意識しておくと、ラストがかなり分かりやすくなります。

作品情報と主要キャスト

項目 内容
邦題 マーヴェリック
原題 Maverick
製作年 1994年
製作国 アメリカ
ジャンル 西部劇/コメディ/アドベンチャー
監督 リチャード・ドナー
脚本 ウィリアム・ゴールドマン
主演 メル・ギブソン

主人公ブレット・マーヴェリックは、銃よりもカードと話術を得意とするギャンブラーです。かなり腕の立つ男ですが、危険を好んで正面から殴り合うタイプではありません。相手の心理を読み、ブラフを使い、その場で一番得になる道を探します。

アナベル・ブランスフォードを演じるのはジョディ・フォスター。美しい女性ギャンブラーですが、財布を抜いたり色仕掛けを使ったりと、マーヴェリックに負けないほど抜け目がありません。そして連邦保安官ゼイン・クーパー役がジェームズ・ガーナーです。この配役が、終盤の仕掛けだけでなくTV版とのつながりでも大きな意味を持っています。

ここで覚えておきたい人物は5人です。マーヴェリック、アナベル、クーパー、エンジェル、デュヴァル提督。この5人の立場が終盤で何度も入れ替わって見えるのが本作の肝になっています。

賞金50万ドルの大会を目指す

マーヴェリックの目標は、外輪船ローレン・ベル号で開かれる大規模なポーカー大会に出場することです。参加費は2万5000ドル。優勝すれば50万ドルを総取りできます。

ところが大会まで残り数日という段階で、マーヴェリックは必要な参加費を満額持っていません。そこで各地を回りながら、貸していた金を回収したりポーカーで稼いだりして不足分を埋めようとします。

映画は、マーヴェリックが木から吊るされ、足元にはガラガラヘビまでいる絶体絶命の場面から始まります。そのあと時間をさかのぼり、「どうしてこんな状況になったのか」を見せていく形です。この冒頭があるため、観客は楽しい珍道中を見ながらも、いつか首吊りの場面につながることをずっと意識させられます。

アナベルとクーパーに出会う

イメージ:映画『マーヴェリック』でポーカーをするマーヴェリックとアナベル、後方から見守るクーパー
イメージ:映画『マーヴェリック』でポーカーをするマーヴェリックとアナベル、後方から見守るクーパー

クリスタル・リヴァーの酒場で、マーヴェリックはアナベルとエンジェルに出会います。ここで行われるポーカーから、彼の戦い方がよく分かります。いきなり腕前を見せつけるのではなく、最初は大したことのない相手だと思わせ、相手が油断したところでひっくり返すんですね。

一方のアナベルも普通のヒロインではありません。マーヴェリックの財布を狙い、ばれれば笑ってごまかし、必要なら色仕掛けも使います。2人は初対面から惹かれ合っているのに、同時に相手を信用していません。この距離感が最後まで変わらないのが面白いところです。

そこへ加わるのが連邦保安官を名乗るクーパー。3人は駅馬車で旅をすることになりますが、途中で御者が突然亡くなり、馬車は崖へ向かって暴走します。マーヴェリックは必死に馬へ移り、危機を切り抜けました。

西部劇なら御者が敵の襲撃で倒れそうな場面なのに、この映画では勝手に自然死してしまう。この少し外した笑いは、本作が昔ながらの西部劇をそのまま再現する気がないことを早い段階で示しています。

ジョゼフの襲撃は芝居だった

イメージ:映画『マーヴェリック』でジョゼフたちに囲まれ両手を上げるマーヴェリック
イメージ:映画『マーヴェリック』でジョゼフたちに囲まれ両手を上げるマーヴェリック

旅の途中、3人はジョゼフ率いるネイティブ・アメリカンの一団に捕まります。マーヴェリックはアナベルとクーパーを助けるため、自分が残ると言い出します。ここだけ見れば、普段は危険を避ける男が仲間のために身を差し出したように見えるでしょう。

ところが2人が去ると空気が一変。ジョゼフとマーヴェリックは旧知の仲で、誘拐そのものが芝居だったと判明します。ジョゼフにはマーヴェリックへの借金があり、今度は西部観光に来ているロシアの大公を騙して金を作ることになりました。

ここで私はかなり笑いました。ジョゼフたちは観光客が期待する「いかにもなインディアン」の姿をわざと演じて商売にしています。さらにマーヴェリックまで撃たれて死ぬ役を引き受け、大公から金を引き出す。古い西部劇が作ってきたイメージを、そのイメージを売る側の芝居として見せ直しているんです。

◆ふくろうのワンポイント
この場面は単なる寄り道ではなく、「見えているものをそのまま信じるな」という本作全体の予告にもなっています。襲撃者に見えたジョゼフが友人だったように、終盤では保安官や大会主催者の立場まで裏返ります。

エンジェルが命を狙う理由

そのころエンジェルのもとには、マーヴェリックを大会へ到着させるなという指示が届いていました。酒場で負けた恨みだけではなく、彼は別の思惑を持つ人物のために動いていたのです。

エンジェルはマーヴェリックを捕まえ、木に吊るして置き去りにします。これが映画冒頭の首吊り場面につながります。しかし枝が折れたことでマーヴェリックは生還。隠していた金も無事でした。

あとで分かるのは、エンジェルがデュヴァル提督側の人間だったことです。つまり大会は、参加者全員が公平に腕を競う場ではありませんでした。主催する側が自分たちに都合のいい結果へ誘導しようとしていたわけです。

参加費をそろえて船へ乗る

どうにかローレン・ベル号へたどり着いたマーヴェリックですが、まだ参加費が2000ドル足りません。アナベルも4000ドル不足しています。

そこで船内にいたロシアの大公を再び利用します。今度は「ネイティブ・アメリカンを娯楽で撃った事件を調査している」という芝居で6000ドルを引き出し、2人分の不足額を埋めました。

普通なら同じ相手を二度騙すのはかなり無茶な展開です。ところが本作では、マーヴェリックがその場の空気に合わせて役柄を変えるので、「またやったな」と笑えてしまいます。彼にとってポーカーも詐欺も本質は同じ。相手が何を信じたがっているかを読むゲームなんですね。

船上ポーカーにイカサマがある

ローレン・ベル号で、いよいよ賞金50万ドルのポーカー大会が始まります。クーパーは警備と監視を担当し、武器を預かり、イカサマをした者を排除します。

大会で中心となるのはファイブカード・ドローです。各自が5枚のカードを持ち、不要なカードを交換して役を作る方式。現在の映像中継でよく見るテキサス・ホールデムとは違うため、最後の一枚を引く瞬間がそのままクライマックスになります。

勝ち残ったのはマーヴェリック、アナベル、エンジェル、デュヴァル提督。やがてアナベルが脱落し、最後の3人になります。

ところがマーヴェリックは、ディーラーが山札の一番上ではなく下側からカードを抜いていることに気づきます。いわゆるボトムディールです。エンジェルとデュヴァルへ都合のいい札を渡すため、最初からカードが操作されていたのでした。

マーヴェリック自身も人を騙しますが、ポーカーそのものを壊すカード操作は許しません。ブラフで相手の判断を迷わせることと、山札を不正に操作することは、彼の中ではまったく別物として扱われています。

スペードのAで優勝する

イメージ:映画『マーヴェリック』の船上ポーカーで最後のカードを出すマーヴェリック
イメージ:映画『マーヴェリック』の船上ポーカーで最後のカードを出すマーヴェリック

最後の勝負で、デュヴァルは8のフォーカード、エンジェルはストレートフラッシュを完成させます。どちらもめったに出ない役です。

一方、マーヴェリックが持っていたのはスペードの10、J、Q、K。あとスペードのAさえ来ればロイヤルフラッシュになります。

ディーラーを信用できないマーヴェリックは、最後の一枚をエンジェル自身に山札の上から配らせます。そしてカードを確認しないまま勝負へ。表に返した一枚は、なんとスペードのAでした。

10・J・Q・K・Aがすべてスペードでそろい、ロイヤルフラッシュ完成。エンジェルのストレートフラッシュもデュヴァルのフォーカードも上回り、マーヴェリックが50万ドルを勝ち取ります。

ここだけなら、ギャンブル映画らしい爽快な優勝で終われます。でも『マーヴェリック』はここからが本番。優勝した瞬間から、別のゲームが始まります。

クーパーが賞金を持ち逃げする

大会の警備役だったクーパーが、突然50万ドルを奪って逃走します。これまで頼れる保安官に見えていた人物が裏切ったため、観客としては「この男が黒幕だったのか」と思わされます。

しかし逃げたクーパーはデュヴァルと合流。2人が最初から手を組んでいたことが判明しました。エンジェルもデュヴァル側なので、マーヴェリックを大会へ来させないことから決勝のカード操作まで、一連の妨害が同じ線につながります。

しかもデュヴァルはクーパーと賞金を分ける気もありません。クーパーを始末して50万ドルを独占しようとします。そこへ現れたのがマーヴェリック。2人の計画を読んで追ってきており、賞金を奪い返します。

さらにマーヴェリックは2人の前に銃を置いて立ち去りますが、その銃には弾が入っていません。最後まで相手の次の行動を読んでいるわけです。

クーパーの正体は父親だった

宿へ戻ったマーヴェリックの前に、再びクーパーが現れます。ここで本作最大級の種明かし。ゼイン・クーパーは、実はマーヴェリックの父親でした。

2人はその場で初めて親子だと知ったわけではありません。最初から互いの正体を知りながら、アナベルやデュヴァル、そして観客の前で他人として振る舞っていたのです。

考えてみると、マーヴェリックは何度も「父親が言っていた」という格言を口にしていました。その父本人がずっと画面の中にいたことになります。しかもクーパーに確認すると、「そんなことは言っていない」と否定されるものまである。この最後の崩し方も笑えます。

クーパーは「善人の保安官から悪人になった」のではありません。最初から息子と同じく、相手の裏を読みながら立ち回る老練なギャンブラーだった、と見ると人物像がつながります。

アナベルが25万ドルを奪う

父子の秘密が明らかになり、これで一件落着かと思ったところへアナベルが登場します。銃を向け、賞金の入ったバッグを奪って逃げてしまいました。

アナベルは、マーヴェリックとクーパーの動作や話し方、女性への接し方、『アメイジング・グレイス』を同じように間違える癖などから、2人が親子だと見抜いています。ポーカーで言えば、相手の無意識の癖である「tell」を読んだわけですね。

ただしマーヴェリックも全部を持っていかれたわけではありません。バッグに入っていたのは25万ドル。残り25万ドルはブーツに隠していました。

父親から教わった「卵を全部一つの籠に入れるな」という考えを守っていたからです。途中でもブーツへ金を隠す描写があるため、ラストだけ突然便利な隠し場所が出てきたわけではありません。

そして父子は、金を盗まれたことに腹を立てるより「アナベルを追う楽しみができた」と笑います。賞金の半分を失ったというより、次のゲームが始まったような終わり方です。

『マーヴェリック』のネタバレ解説と伏線考察

ここからは、ストーリーを追うだけでは見落としやすい部分を掘り下げます。『マーヴェリック』は軽いコメディですが、カードゲームの考え方が人物関係にもそのまま使われています。スペードのA、父子の伏線、アナベルとの恋愛、TV版との関係を知ると、二度目はかなり違って見える映画です。

スペードのAと魔法の意味

最後のポーカーで最も気になるのは、「なぜマーヴェリックはスペードのAを引けたのか」でしょう。

劇中のマーヴェリックは以前から、本当に欲しいカードを心の中で思い描けば引き寄せられるのではないか、と話しています。それまで成功したことはないのに、人生で最も必要な瞬間に初めてスペードのAが来ました。

大切なのは、彼が何も考えず運だけに任せたわけではないことです。まずディーラーのボトムディールを見破り、不正ができないようエンジェルに山札の上から配らせています。自分の観察力で公平な一枚を手に入れる状況を作ったうえで、最後だけ自分の感覚に賭けたんです。

映画の最後、父クーパーから「どうやってAを引いた?」と聞かれたマーヴェリックは、「Magic」と答えます。超能力だったと断定する描写はありません。偶然かもしれないし、本人にも説明できない直感だったのかもしれません。

だから私は、この「魔法」はカードを超常的に呼び寄せる能力というより、腕前と勘と運が全部かみ合った瞬間につけた名前だと受け取りました。理屈で説明し切らず、最後に少しだけ夢を残すところが本作らしいですね。

父子関係には伏線がある

クーパーが父親という事実は唐突なようで、振り返るとかなりヒントがあります。

2人は銃の扱い方や女性への接し方が似ています。そして決定的に笑えるのが、『アメイジング・グレイス』を同じように間違えて歌うこと。遺伝というより、一緒に過ごした親子だからこそ身についた癖を思わせます。

さらにマーヴェリック自身が、何度も父親の格言を語っています。「父親」という存在を会話の中へ繰り返し登場させておきながら、その本人がクーパーとして隣を歩いているわけです。

面白いのは、本人たちは完璧に隠せているつもりなのにアナベルには読まれていること。マーヴェリックは一貫して他人の癖を見る側でした。しかし最後には、自分たちのtellを女性に見破られます。

アナベルとの恋愛は続く

マーヴェリックとアナベルは互いに惹かれています。しかし最後まで、一般的な恋人同士にはなりません。

アナベルにとってマーヴェリックは、好きな男性であると同時に財布を狙える相手であり、出し抜きたいライバルです。マーヴェリックも同じで、簡単に信じられる女性だから惹かれたのではありません。自分と同じように嘘をつき、自分を騙せるから面白いんです。

そのためラストで25万ドルを盗まれても、マーヴェリックは本気で怒りません。「追いかける理由ができた」と楽しんでいます。

◆ふくろうのワンポイント
私はこのラストを、かなり変わったラブストーリーのハッピーエンドだと思っています。キスして一緒に暮らすのではなく、「また騙し合える」ことが2人にとって一番しっくりくる関係なんですよね。

騙し合いが物語の中心にある

本作では、ポーカー卓の外でも全員がブラフを使っています。

アナベルは上品な女性を装いながら財布を抜き、クーパーは連邦保安官として素性を隠し、デュヴァルは公平な大会主催者の顔を見せながら裏で結果を操ろうとします。ジョゼフの誘拐劇も芝居。マーヴェリック自身も、他人に本心や計画をすべて見せません。

つまりカードの手札を伏せるのと同じことを、登場人物たちが自分の正体でやっています。

映画そのものが一つのポーカーゲームになっている。私はこれが『マーヴェリック』の一番気持ちいいところだと思います。観客も登場人物の表向きの顔を信じ、「クーパーが裏切った」「デュヴァルが黒幕だった」と何度も判断を変えさせられます。

しかも最後に全部を見抜くのが主人公ではなくアナベル。マーヴェリックが相手の手札を読む側だと思わせておいて、最後は自分が読まれる。ここまで行って初めて、2人が対等な相手だと分かります。

西部劇パロディが効いている

イメージ:映画『マーヴェリック』で暴走する駅馬車を操るマーヴェリックとアナベル、クーパー
イメージ:映画『マーヴェリック』で暴走する駅馬車を操るマーヴェリックとアナベル、クーパー

『マーヴェリック』は西部劇の舞台や衣装を本格的に使いながら、昔ながらのお約束を少しずつ外しています。

駅馬車では御者が襲撃ではなく突然亡くなり、そこから派手な暴走劇へ。ジョゼフたちは観光客が求める「ステレオタイプのインディアン」を自分たちで演じて商売をしています。マーヴェリック自身まで「観光客に撃たれるインディアン役」を引き受けるほどです。

私には、このあたりが昔の西部劇を嫌って否定しているようには見えません。むしろ、よく知っているからこそ定番をわざとずらして笑っている感じ。乾いた荒野、駅馬車、ガンマン、外輪船、カード勝負といった西部劇の道具立てはきっちり使い、そのうえで「その展開、本当にそのままやる?」とひねってきます。

同じ西部劇でも、より重い形でジャンルの正義や暴力を問い直す作品に興味があれば、『奴らを高く吊るせ!』や『許されざる者』と見比べると、1994年版『マーヴェリック』の軽やかな立ち位置がさらに分かりやすくなるでしょう。

タイトルのマーヴェリックとは

タイトルの「maverick」は、周囲の慣習や集団にそのまま従わず、自分のやり方で動く人物を指す言葉です。これは主人公の名字であると同時に、ブレットの生き方そのものにも重なっています。

彼は保安官のように法を背負う人物ではなく、エンジェルのように力任せに奪う無法者でもありません。必要なら嘘をつき、人をペテンにかけますが、自分なりの線は持っています。宣教師から奪われた金を取り戻したあと報酬を返すことや、ポーカーのカード操作を許さない姿からも、その感覚が見えてきます。

また、普通の西部劇なら銃を抜いて決着をつける場面でも、マーヴェリックはできるだけ別の方法を探します。戦えないのではなく、危険を冒さずに済むならその方が得だと考える人なんですね。だから、いざ必要な場面で銃を使えることとの矛盾もありません。

父クーパーから考え方や癖を受け継ぎながら、父の格言さえ自分流に作り替えてしまう息子。その姿まで含めると、誰かの型にそのまま収まらない男だからこそ「マーヴェリック」という名前がよく似合います。

TV版とジェームズ・ガーナー

『マーヴェリック』の原点は小説ではなく、1957年に始まったアメリカのTV西部劇『Maverick』です。

そしてTV版でブレット・マーヴェリックを演じていたのが、映画でクーパーを演じるジェームズ・ガーナー。つまり映画のラストでは、元祖マーヴェリック役の俳優が、新しいマーヴェリックの父親だったと判明するわけです。

TV版を知らない人には「クーパー=父親」というどんでん返しだけで成立します。一方、昔からの視聴者には「旧マーヴェリックが新マーヴェリックの父になる」というもう一段の遊びがあります。

しかもTV版のマーヴェリックも、銃を抜いて何でも解決する英雄とは少し違い、できれば戦いを避けて知恵やユーモアで切り抜ける人物でした。メル・ギブソン版が危険な決闘を嫌い、口と機転を先に使う性格なのは、この系譜を受け継いでいます。

映画版だけ観ても問題なく楽しめます。ただ、ジェームズ・ガーナーの経歴を知ってから見直すと、クーパーが息子を眺める場面そのものが「旧世代から新世代を見る」場面にも感じられてきます。

ダニー・グローヴァーのカメオ

銀行強盗の場面で突然現れるダニー・グローヴァーは、本筋とはほぼ関係ありません。ここは『リーサル・ウェポン』シリーズを知っている観客への大きなサービスです。

メル・ギブソンとダニー・グローヴァーは同シリーズのコンビであり、『マーヴェリック』の監督リチャード・ドナーも『リーサル・ウェポン』を手掛けています。

そのため2人が顔を合わせた瞬間、「どこかで会ったような……」という空気になり、音楽までそれらしく変わります。物語の世界を壊す直前まで行きながら、ぎりぎり映画内のギャグとして成立させている場面です。

ほかにも往年の西部劇俳優やカントリー歌手が多数顔を出します。すべてを知らなくても困りませんが、分かる人ほど小さな笑いが増えていく作品です。

自然と衣装も見どころ

騙し合いやコメディばかりに目が行きますが、映像の景色もかなり気持ちいい作品です。

乾いた砂漠、緑の草原、森、岩山、切り立った崖、そしてゆっくり流れる川。御者を埋葬して『アメイジング・グレイス』を歌う場面では、赤茶色の崖と遠景の緑、白い雲の浮かぶ青空が一画面に入ります。私はここで、さっきまでのドタバタがふっと止まる感じが好きでした。

また、ポーカー大会を外輪船の上で開くという発想も粋です。冒頭から駅馬車ごと船に乗せる場面で川を見せておき、後半ではその川自体が大会の舞台になる。ロードムービーだった前半と船上の後半が、風景でもつながっています。

衣装も華やかで、マーヴェリックのベストやアナベルのドレスは、荒々しい西部劇とは少し違う洒落た雰囲気を作っています。本作で衣装を担当したエイプリル・フェリーは、第67回アカデミー賞の衣装デザイン賞にノミネートされました。

マーヴェリックのよくある質問(FAQ)

Q1. クーパーは最初からマーヴェリックの父親だったのですか?

A. はい。ラストで初めて親子になったのではなく、2人は最初から互いの関係を知っています。他人として振る舞っていたのは、周囲と観客に正体を悟らせないためです。

Q2. 最後のスペードのAは本当に魔法で引いたのですか?

A. 映画は明確に断定していません。マーヴェリックは最後に「Magic」と答えますが、偶然、勘、本人にも説明できない何かのどれなのかは観客に委ねられています。ただしディーラーの不正を見破ったうえで山札の上から引かせているため、単にイカサマでAを手に入れたわけではありません。

Q3. アナベルは最後に50万ドルすべてを盗んだのですか?

A. いいえ。アナベルが持ち去ったバッグには25万ドルしか入っていません。残り25万ドルはマーヴェリックがブーツへ隠していました。結果だけ見れば、賞金を半分ずつ持った状態で映画は終わります。

Q4. 原作は小説ですか?

A. 原点は小説ではなく、1957年に始まったTV西部劇『Maverick』です。映画版のクーパー役ジェームズ・ガーナーは、TV版でブレット・マーヴェリックを演じていました。

Q5. ダニー・グローヴァーはなぜ銀行強盗役で出ているのですか?

A. 『リーサル・ウェポン』シリーズを意識したカメオ出演です。メル・ギブソンとの意味深な目配せや音楽も含め、同シリーズを知っている人向けのセルフパロディになっています。

マーヴェリックのネタバレまとめ

1994年版『マーヴェリック』は、賞金50万ドルのポーカー大会を目指すギャンブラーの冒険でありながら、最後まで人間関係のブラフが続く西部劇コメディです。

  • マーヴェリックは決勝でイカサマを見破り、スペードのAを引いてロイヤルフラッシュで優勝する
  • クーパーは賞金を持ち逃げするが、デュヴァルとの共謀にもさらに裏がある
  • クーパーの本当の正体はマーヴェリックの父親で、2人は最初から関係を知っている
  • アナベルは父子関係をtellから見抜き、最後に賞金バッグを奪って逃げる
  • バッグには25万ドルだけが入り、残り25万ドルはマーヴェリックのブーツに残っている

結局、完全に勝った人物は一人もいません。マーヴェリックは大会に勝ち、クーパーはデュヴァルを出し抜き、アナベルは父子を最後に出し抜く。みんな一度は相手を騙し、同時に誰かに騙されています。

だからこそ私は、この映画のラストが好きです。50万ドルを抱えて主人公が大成功して終わるより、半分をアナベルに持っていかれ、「取り返しに行く楽しみができた」と笑う方がずっとマーヴェリックらしい。人生も恋愛もカードと同じで、ゲームが続く限り面白いのでしょう。

そして最後のスペードのAについて父から尋ねられ、答える言葉はただ一つ。「Magic」。理屈ですべてを閉じず、最後まで観客を少しだけ煙に巻いて終わるところまで含めて、『マーヴェリック』らしい結末だと思います。

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