
こんにちは、物語の知恵袋のふくろうです。
映画『法廷遊戯』を観ていて、途中から「結局、馨を殺したのは誰?」「あれだけ怪しい美鈴がどうして無罪になるの?」「馨は自分が死ぬことまで計画していたの?」と、頭の中に疑問が増えていった人も多いのではないでしょうか。
私が特に印象に残ったのは、犯人を当てること以上に「無罪と無実は同じなのか」という問いでした。清義、美鈴、馨は全員が法律を学んでいるのに、それぞれが信じる「正義」はまるで違います。
そして、そのズレが9年前の痴漢冤罪事件と現在の殺人事件をつなぎ、最後には誰も完全には救われない結末へ向かっていきます。
馨を実際に死なせたのは美鈴ですが、それだけを知っても『法廷遊戯』の真相を理解したことにはなりません。馨がなぜ自分を刺させたのか、美鈴がなぜ計画を変えたのか、清義がなぜ最後に美鈴から離れたのかまでつながると、ラストの意味がかなり見えやすくなりますよ。
この記事でわかること
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映画『法廷遊戯』のあらすじと結末
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馨を殺した犯人と無辜ゲームの真相
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美鈴が無罪になり笑った理由
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清義の最後とラストシーンの意味
法廷遊戯の基本情報とあらすじ

まずは登場人物と物語の入口を押さえておきます。『法廷遊戯』は単純な法廷ミステリーではなく、ロースクールで出会った3人の現在と、彼らを結びつける過去の事件が少しずつ重なっていく作品です。
映画の作品情報
| タイトル | 法廷遊戯 |
|---|---|
| 原作 | 五十嵐律人『法廷遊戯』(講談社) |
| 公開年 | 2023年 |
| 上映時間 | 97分 |
| ジャンル | サスペンス・ミステリー/ドラマ |
| 監督 | 深川栄洋 |
| 脚本 | 松田沙也 |
| 主演 | 永瀬廉(久我清義役) |
本作は五十嵐律人による同名小説を原作とした映画で、永瀬廉さん、杉咲花さん、北村匠海さんが物語の中心となる3人を演じています。公開日やスタッフ、キャストについては法廷遊戯 - Wikipediaでも確認できます。
あらすじを簡単に解説
法律家を目指してロースクールに通う久我清義、織本美鈴、結城馨。清義と美鈴は幼い頃からの知り合いで、同じ児童養護施設で育った特別な関係です。
一方、馨は在学中に司法試験へ合格するほど優秀な学生。ロースクールでは学生同士の問題を模擬裁判で裁く「無辜ゲーム」を主宰し、清義たちとは少し異なる独自の法律観を持っています。
その後、清義と美鈴は司法試験に合格し、清義は弁護士になります。馨は大学に残り、刑事訴訟法の研究を続けていました。
そんなある日、清義のもとへ馨から「久しぶりに無辜ゲームをしよう」という連絡が届きます。
指定された場所へ行った清義が見たものは、胸をナイフで刺され死亡している馨と、返り血を浴びた美鈴でした。
美鈴が清義に伝えたのは、「私を弁護して」という願い。
こうして、かつて同じ場所で法律を学んでいた3人は、馨が被害者、美鈴が被告人、清義が弁護人という立場で再び「無辜ゲーム」に参加することになります。
ここで覚えておきたいポイント
馨の殺害事件は偶然起きたものではありません。事件そのものが、馨によって準備されていた最後の「無辜ゲーム」です。ただし、馨が考えていた結末と実際に起きた結末には決定的な違いがありました。
ネタバレで事件の真相を解説
ここからは結末まで完全なネタバレです。現在の馨殺害事件だけを見ると意味が分かりにくいため、清義と美鈴の幼少期、9年前の事件、そして馨の父・佐久間悟に何が起きたのかを順番に見ていきましょう。
清義と美鈴が抱える過去
清義と美鈴は、子どもの頃に同じ児童養護施設で暮らしていました。
2人が本来なら大人から守られるべき時期に置かれていた環境は、決して安全なものではありません。清義は施設長から暴力を受け、美鈴も施設長から性的な被害を受けそうになります。
美鈴を守ろうとした清義は施設長をナイフで刺しました。
もちろん人を刺すこと自体は許されません。しかし清義の中には、この頃から一貫して「美鈴を守るためなら自分が傷ついても構わない」という価値観があります。
そして美鈴から見れば、自分を守ってくれなかった大人たちとは反対に、清義だけは命がけで助けてくれた存在でした。
だから2人の関係は、普通の幼なじみや恋愛感情だけでは説明できません。
私には、美鈴にとって清義は「大切な人」であると同時に、善悪を決める基準そのものになっていたように見えました。
この関係を理解しておくことが、美鈴が終盤で馨を殺す理由につながります。
9年前の痴漢冤罪事件
成長した清義と美鈴は、さらに取り返しのつかない事件を起こします。
生活に困っていた2人は、美鈴が男性から痴漢されたように見せかけ、相手から金銭を得る行為に手を染めていました。
そんな中、美鈴の不審な行動に気づいたのが警察官の佐久間悟です。
悟は事情を確認しようと美鈴を止めます。しかし、美鈴が連れて行かれると思った清義は彼女を助けようとして悟に手を出し、駅の階段で転落する事態となりました。
そして美鈴は、自分を守るために悟から痴漢されたと虚偽の訴えをします。
警察官だった悟にとって、痴漢事件の被疑者になることは致命的でした。本人は無実を訴えますが有罪となり、警察官としての立場も社会的信用も失います。
その後、悟は精神的に追い詰められ、自ら命を絶ちました。
ここで物語最大のつながりが明らかになります。
佐久間悟は、結城馨の父親だったのです。
つまり清義と美鈴にとっては封印したい過去でも、馨にとっては父親と家族を失った人生そのものでした。
馨はすべてを知っていた
馨は父親が痴漢犯ではなかったことを知っていました。
さらに父親が階段から転落した場面にも清義と美鈴が関係していたことを把握しており、ロースクール時代から2人について調べています。
清義の過去を暴く文書が学校で広められたことや、美鈴の周囲で起きていた不可解な出来事にも馨が関与していました。
それでも馨は、清義と美鈴をその場で殺したり警察へ突き出したりしません。
ここが馨という人物の面白いところです。
彼が本当に取り戻したかったのは、単なる気持ちの上での復讐ではなく、父・佐久間悟が「痴漢をした警察官」とされた法的な結論そのものでした。
だから馨は法律を捨てるのではなく、逆に法律の中へ入っていきます。
父を有罪にした司法を、今度は父の無実を明らかにするために使う。そのために刑事訴訟法を研究し、清義と美鈴を巻き込んだ巨大な法廷遊戯を用意したのでしょう。
◆ふくろうのワンポイントアドバイス
馨を「父親の仇を討つ復讐者」とだけ考えると後半が分かりにくくなります。馨が欲しかったのは2人の死ではなく、父の冤罪を覆し、2人にも自分たちのしたことを認めさせること。この違いが重要ですよ。
馨が仕掛けた無辜ゲーム
馨が最後に用意した無辜ゲームでは、美鈴が被告人、清義が弁護士、馨自身が被害者になります。
ただし、馨の当初の計画では、自分が本当に死亡することまで目的だったとは考えにくい構造になっています。
馨は美鈴を呼び出し、自分を刺す状況を作りました。さらに、その様子を映像として記録しています。
馨自身が事件を仕組んだことを示す映像が残っていれば、表面的には美鈴が馨を刺した事件であっても、「美鈴が一方的な殺意を持って馨を襲った」という単純な構図を崩せます。
一方で美鈴が刑事裁判へ立てば、弁護人となった清義は馨が残した証拠を調べざるを得ません。
そして調べれば、必ず佐久間悟の痴漢冤罪事件へ行き着きます。
つまり馨は、清義に直接「罪を告白しろ」と迫ったのではありません。
美鈴を助けたければ真実を調べろ。ただし真実を調べれば、自分自身の罪にもたどり着く。
そんな逃げ道のない状況を作ったのです。
馨の無辜ゲームには、父の冤罪を明らかにすること、美鈴に過去と向き合わせること、清義自身に罪から逃げ続けるのか選ばせることという複数の狙いが重なっています。
犯人と結末をネタバレ解説

『法廷遊戯』で最も混乱しやすいのが、「馨は自分から刺させたのだから美鈴は犯人ではないのか」という部分です。ここでは馨の計画と、美鈴が実際に選んだ行動を分けて考えます。
馨を本当に殺したのは美鈴
物語上、馨を実際に死なせた人物は美鈴と読み取れます。
しかし、最初から美鈴が馨を殺害するために呼び出したわけではありません。
馨が用意していたのは、自分が刺されることで美鈴を法廷へ立たせ、その裁判を通して父親の冤罪へ再び光を当てる計画でした。
ところが美鈴は、馨の狙いが父親の名誉回復だけではなく、清義にも過去の責任を取らせるところまで含んでいることに気づきます。
美鈴にとって、それだけは受け入れられません。
清義が9年前の事件と向き合えば、弁護士として築いた人生を失うかもしれない。何より、自分と清義がこれから一緒に生きる未来が壊れてしまいます。
そこで美鈴は、馨が考えていた範囲を越えてナイフを深く突き立て、馨を本当に死なせてしまいます。
皮肉なのは、美鈴の行動が清義と正反対に見えて、実は同じ構造になっていることです。
幼い頃、清義は美鈴を守るため施設長を刺しました。
そして今度は、美鈴が清義を守るため馨を殺したのです。
2人は互いを守ろうとするほど、別の誰かを傷つける関係になっていました。
馨は死ぬつもりだったのか
ここは映画を観たあとに意見が分かれやすいところです。
馨が命まで差し出して計画を完成させるつもりだったようにも見えますが、物語の仕掛けを追うと、本来は致命傷を避けて計画を進める想定だったと考える方が筋は通ります。
馨の最終目的は、自分が死ぬことではなく父親の冤罪を覆すことだからです。
それでも馨は、自分の計画が予定通りに進まない可能性を考えていたように見えます。
清義へ情報を残し、自分が死亡した後でも真相を追える道を作っていたからです。
馨は長年、美鈴と清義を観察しています。
美鈴が清義を守るためなら極端な行動に出ることも、清義が最初は美鈴を守ろうとしても最後には罪悪感から逃げ切れないことも、ある程度予想していたのかもしれません。
だからこの事件は、証拠を利用した法的なゲームであると同時に、清義と美鈴の性格そのものを使った心理戦でもあります。
美鈴はなぜ黙秘したのか
美鈴は逮捕された後、清義に弁護を頼む一方で、事件についてほとんど語ろうとしません。
これも清義を守るためです。
馨との計画や佐久間悟の事件について話せば、必ず過去の痴漢冤罪へつながります。そして清義自身の行動も明らかになる可能性があります。
だから美鈴は、自分が不利になっても口を閉ざす。
彼女にとって優先順位の一番上にあるのは、自分が無罪になることではありません。
清義が罪に問われず、自分と一緒に生き続けてくれること。
それさえ守れるなら、自分が何を背負うことになっても構わないという危うさがあります。
美鈴が無罪になった理由
裁判では、馨が事件前から計画を立て、自ら美鈴を巻き込んでいたことを示す映像が重要な証拠になります。
清義が追っていた当初の事件像は、「美鈴が馨を殺害した」というもの。
しかし証拠が示したのは、馨自身が事件を作り上げ、美鈴を被告人として法廷へ立たせようとしていたという別の構図でした。
そして裁判の結果、美鈴には無罪が言い渡されます。
ここで映画が観客へ突きつけるのが、「無罪なら無実なのか」という問題です。
映画の物語としては、美鈴が馨の死に深く関与したことを観客は知っています。
それでも法廷で下される結論は無罪。
反対に佐久間悟は実際には痴漢をしていなかったのに、裁判では有罪になりました。
無実だった悟は有罪になり、罪を抱える美鈴は無罪になる。
この対比こそ、『法廷遊戯』という作品が最も見せたかった皮肉の一つだと私は感じます。
映画内の裁判描写と、現実の刑事手続きは分けて考える必要があります。現行の再審請求については刑事訴訟法に定めがあり、本人が死亡している場合の請求権者なども規定されています。詳しくはe-Gov法令検索「刑事訴訟法」で正確な情報をご確認ください。
清義がバッジを外した意味
結末へ向かう中で、清義は美鈴との面会時に弁護士バッジを外します。
目立たない動作ですが、私はここが清義の物語における大きな転換点だと思っています。
それまでの清義は「美鈴を守る人」でした。
施設長を刺したときも、駅で悟に手を出したときも、今回美鈴の弁護士になったときも、行動の出発点は美鈴です。
しかし、美鈴を守ることと2人で罪を隠し続けることは同じではありません。
真実を隠して美鈴との生活を選べば、今度は清義自身が佐久間悟の冤罪を永遠に固定してしまいます。
清義はそこで初めて、美鈴を守るために罪から逃げる人生を終わらせることを選びました。
弁護士バッジを外したのは、弁護人として美鈴の側に立つ自分から、一人の当事者として自分の罪へ向き合う自分へ戻る意思表示と考えられます。
◆ふくろうのワンポイントアドバイス
清義は美鈴を嫌いになったから離れるわけではないと思います。むしろ大切だからこそ「2人で隠し続けることは守ることではない」と気づいた。そのため、最後の別れは愛情がなくなった場面というより、清義が初めて美鈴より自分自身の責任を選んだ場面として見るとしっくりきます。
ラストの意味をネタバレ考察
裁判の決着だけを見ると美鈴は勝っています。しかし感情面では、無罪判決が出た瞬間から美鈴の人生は崩れていきます。ここからが『法廷遊戯』の本当の結末です。
美鈴が笑った理由
本作で最も強烈なのが、無罪判決を聞いた美鈴が笑い始める場面でしょう。
普通に考えれば、殺人罪に問われていた人物が無罪になれば安堵するはずです。
ところが美鈴は、喜んでいるようにはまったく見えません。
その理由は、美鈴が欲しかったものが最初から「無罪」ではなかったからです。
彼女が守りたかったのは清義と一緒に生きる未来でした。
その未来を守るために過去の罪を隠し、馨の計画を阻止し、ついには馨を本当に殺してしまった。
ところが、美鈴がそこまでして守ろうとした清義自身が、罪を隠し続ける人生から降りてしまいます。
美鈴は法廷では勝ちました。
しかし、自分の人生で唯一守りたかったものを失います。
無罪なのに何も手に入らない。
馨を殺したのに清義を守れない。
自由になるのに一緒にいたい人はいなくなる。
あの笑いは、その矛盾と絶望が一気に噴き出した瞬間なのでしょう。
杉咲花さんの演技が恐ろしく感じられるのも、単純に「狂ったように笑っている」からではありません。
美鈴が人生の支えにしてきたものが目の前で全部崩れたと分かった上で見ると、泣くことさえできなくなった人間の笑いに見えてくるからです。
清義は最後にどうなるのか
清義のその後について、映画は法的な処分まで細かく描いていません。
ただ、弁護士バッジを外し、美鈴との関係に区切りをつけ、自分の過去へ向き合おうとする姿から、責任を引き受ける方向へ進む意思は明確です。
重要なのは「何年の刑になるのか」ではなく、それまでの清義との違いでしょう。
以前の清義は、何か起きるたびに「美鈴を守る」という理由で行動していました。
最後の清義は違います。
美鈴が望んでいなくても、自分自身がしたこととして過去を引き受けようとします。
馨が最後の無辜ゲームで清義に求めた答えも、これだったのではないでしょうか。
またここから始めるの意味
ラストで印象的に響くのが、「僕たちは、またここから始める」という言葉です。
この言葉は、過去をリセットして何もなかった状態へ戻るという意味ではありません。
悟は亡くなり、馨も死亡しました。
清義と美鈴の関係も以前と同じ形には戻れません。
過去に起きたことは消せないのです。
それでも、自分がしたことを認めて責任を負った先からなら、もう一度人生を始めることはできる。
私はこの言葉を、そんな「償った先にある再出発」として受け取りました。
馨は清義を殺そうとはしませんでした。
父親が死んだから清義も死ね、という復讐を求めていたわけではないからです。
清義が自分の罪を認め、それに相応する責任を負い、そのあとを生きること。
そこまでたどり着いて初めて、馨の考える「償い」が完成するのでしょう。
最後の3人のシーンを考察
映画の最後には、ロースクール時代を思わせる清義と馨、そして美鈴の姿が置かれます。
この場面を文字どおりの出来事として受け取る必要はないと思います。
馨はすでに亡くなっているため、清義の中に残った記憶や問い、あるいは「もしあの事件がなかったら」という可能性を象徴した映像として見る方が自然です。
9年前の冤罪事件がなければ、馨は父親を失わなかった。
清義と美鈴が罪を抱えることもなかった。
もしかすると3人は、ただ法律を学び、議論し、笑い合う友人でいられたかもしれません。
しかし現実にはもう戻れない。
だからこそラストの学生時代の姿には、懐かしさだけではなく「本来あり得たかもしれない3人の人生」が重なっているように感じます。
馨が清義へ残した問いは、馨の死と一緒には消えません。
清義がこれから生きていく限り、「正義とは何か」「罪を償うとは何か」という馨との議論も続いていく。その意味でも「またここから始める」という言葉が効いてきます。
法廷遊戯が描く正義と罪

結末を知ってから振り返ると、『法廷遊戯』には完全な善人と悪人がほとんどいません。被害者だった人物が加害者になり、正しいはずの裁判が無実の人を有罪にし、罪を犯した人物が無罪になる。この反転に作品のテーマがあります。
無罪と無実は同じではない
私がこの映画で一番考えさせられた部分です。
佐久間悟は痴漢について無実でした。
それでも司法では有罪と判断され、警察官としての立場を失い、人生まで壊れてしまいます。
一方、美鈴は馨の死に深く関わっているにもかかわらず、法廷では無罪になります。
ここで映画が伝えているのは、「裁判なんて意味がない」という単純な話ではないでしょう。
裁判は証拠と手続きによって判断するしかありません。
だからこそ、私たちが知っている出来事と、法廷が認定できる出来事が一致しないことがあります。
この「事実」「証明できる事実」「法的な結論」の間にある隙間へ、馨は最後の無辜ゲームを仕掛けました。
同じように「法廷で認められたこと」と「実際に起きたこと」のズレを描く映画が好きな人には、当サイトの映画『真実の行方』のネタバレ考察も近い面白さがあります。
3人が信じた正義の違い
清義、美鈴、馨は全員が法律を学びながら、最後まで同じ「正義」を共有できませんでした。
清義は美鈴を守りたい
清義にとって長い間、正義とは美鈴を守ることでした。
施設長を刺した事件も、悟を止めようとした行動も、その延長線上にあります。
清義の厄介なところは、動機だけを見れば理解できてしまう点です。
大切な人が傷つけられている。その人を助けたい。
しかし善意や愛情から始まった行為であっても、その結果として別の人間の人生を壊せば責任は残ります。
清義は最後にそれを認めます。
美鈴にとって清義が正義
美鈴はさらに極端です。
自分を守ってくれなかった社会や大人より、清義を信じています。
だから清義のためなら嘘をつくことも、過去を隠すことも、馨を殺すことさえ選んでしまう。
一般的な善悪で考えれば許されない行動です。
それでも、美鈴という人物の中では一貫しています。
清義を守れる行動が正しい。
だからこそ、清義自身から「それは違う」と突きつけられた瞬間、美鈴は立っていられなくなるのでしょう。
馨は相応の責任を求める
馨が求める正義は「同害報復」という考え方で表現されます。
「目には目を、歯には歯を」と聞くと、やられたことをそのままやり返す復讐の言葉に感じます。
しかし馨が目指したものは、相手へ際限なく苦痛を与えることではありません。
罪を犯したのであれば、その罪に相応する責任を負わせる。
だから父親が死んだからといって、清義と美鈴の命まで奪おうとはしません。
そして責任を問われるべき対象には、清義と美鈴だけでなく、悟を有罪にした司法も含まれていました。
父を裁いた法廷へもう一度事件を持ち込み、司法自身に過去の結論を問い直させる。
ここまで含めて馨の「法廷遊戯」です。
◆ふくろうのワンポイントアドバイス
3人のうち誰が一番正しいのかを決めようとすると、この映画は少し窮屈になります。それより「それぞれが正義だと信じた行動によって、誰が傷ついたのか」と考えると、作品が投げかけている問いが見えやすいですよ。
タイトル法廷遊戯の意味
序盤だけを見ると、『法廷遊戯』というタイトルは学生たちが行う「無辜ゲーム」を意味しているように見えます。
しかし結末まで観ると、もっと大きな意味が浮かびます。
馨が作った最後の事件では、現実の殺人事件そのものがゲーム盤になります。
美鈴は被告人。
清義は弁護士。
馨は死者でありながらゲームを支配する主催者。
さらに過去には、佐久間悟も本人が知らないところで「痴漢をしたのか、していないのか」を法廷で判定され、その結果によって人生を奪われました。
法律は真実そのものを直接見ることはできません。
証拠や証言を通じて判断します。
だから立場や証拠の見え方によって、同じ出来事でも結論が変わることがある。
人間の人生を左右する法廷が、一つ間違えば残酷な「遊戯」のようになってしまう。
そんな怖さまで含めたタイトルなのではないでしょうか。
裁判で語られた物語と真実のずれを描く作品という点では、当サイトで紹介している映画『私がやりました』のネタバレ解説と比較してみるのも面白いですよ。
法廷遊戯のよくある質問
最後に、映画を観終わったあとに残りやすい疑問を短くまとめます。特に「犯人なのに無罪」という部分は、馨の計画と実際の出来事を分けると理解しやすくなります。
法廷遊戯に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 法廷遊戯で馨を殺した犯人は誰ですか?
A. 物語上、馨へ実際に致命傷を与えたのは美鈴と読み取れます。ただし事件自体は馨が仕掛けた無辜ゲームから始まっています。馨は美鈴を法廷へ立たせる計画を進めていましたが、美鈴は清義を守るため計画の想定を越えて馨を死なせました。
Q2. 無辜ゲームの本当の目的は何ですか?
A. 大きな目的は、父・佐久間悟の痴漢冤罪をもう一度法廷へ持ち込み、名誉を回復することです。同時に、美鈴には過去の虚偽と向き合わせ、清義には自分自身の行為から逃げ続けるのか、それとも責任を負うのかを選ばせる狙いがありました。
Q3. なぜ美鈴は馨を殺したのに無罪なのですか?
A. 裁判では馨自身が事件を計画し、美鈴を巻き込んでいたことを示す映像が重要な証拠となります。その結果、美鈴には無罪判決が下されました。一方、観客には美鈴が馨の死に深く関わった事実が示されます。この「法的な無罪」と「実際に何をしたか」のずれが本作の重要なテーマです。
Q4. 美鈴は最後になぜ笑ったのですか?
A. 無罪になった喜びではなく、絶望が表れた笑いと考えられます。美鈴が本当に欲しかったのは自由ではなく清義との未来でした。しかし清義は過去の罪と向き合う道を選び、美鈴との共犯関係から離れます。馨を殺してまで守ろうとした未来を失ったことが、あの笑いにつながったのでしょう。
Q5. 法廷遊戯は怖い映画ですか?
A. ホラー映画ではありませんが、刺傷や流血、児童養護施設での暴力や性的被害を連想させる過去など、重い内容が含まれます。また、無辜ゲームの会場や音響には心理スリラーのような不穏さがあります。直接的な恐怖より、人間関係や冤罪、罪悪感からくる精神的な怖さが強い作品です。
法廷遊戯の結末まとめ

映画『法廷遊戯』の真相をたどると、すべての始まりは9年前に起きた佐久間悟の痴漢冤罪事件へ戻ります。
清義と美鈴の行動によって悟は無実でありながら罪を着せられ、社会的な立場を失った末に死亡。その息子だった馨は父の冤罪を晴らす方法を探し続けます。
馨が選んだのは、清義と美鈴を直接傷つける復讐ではありませんでした。
法律を使って父の無実を明らかにし、同時に2人へ自分たちの罪を突きつける最後の「無辜ゲーム」です。
ところが美鈴は、清義との未来を守るため馨を本当に殺してしまいます。
そして清義は美鈴の弁護士として真実を追うほど、自分自身が逃げてきた過去へ近づいていくことになります。
最後に清義が選んだのは、美鈴と罪を隠し続ける人生ではなく、自分がしたことを認める道でした。
- 馨の計画の出発点は父・佐久間悟の痴漢冤罪
- 馨は父の冤罪を晴らすため最後の無辜ゲームを仕掛けた
- 馨へ実際に致命傷を与えたのは美鈴と読み取れる
- 美鈴は無罪になっても清義との未来を失った
- 清義は美鈴を守るだけの人生をやめ、自分の責任と向き合う
- ラストは過去を背負ったまま生き直す再出発を示している
美鈴には「無罪」が言い渡されますが、彼女の罪まで消えたわけではありません。
反対に、佐久間悟は「有罪」とされても本当は無実でした。
法廷が出す答えと、人間が背負う罪は必ずしも同じではない。
だから『法廷遊戯』は、犯人を当てて終わるミステリーではないのでしょう。
清義、美鈴、馨は、それぞれ自分なりの正義を信じて行動しました。しかし正義を信じることと、その行動が正しいことは同じではありません。
あなたなら、大切な人を守るためにどこまでできますか。そして、その結果として誰かを傷つけたとき、「守るためだった」という理由だけで許されるでしょうか。
映画を観て最も心に残った「正義とは誰にとっての正義なのか」という問いは、エンドロールが終わっても簡単には答えが出ません。
法律が裁判を終わらせても、人間の中に残る罪と責任まで消してくれるわけではない。
その法では裁き切れない部分まで描いているからこそ、『法廷遊戯』は重い余韻を残す作品になっているのだと思います。